
momo
@momo5
2026年6月3日
そいつはほんとに敵なのか
碇雪恵
読み終わった
p55 共感と理解は似ているようで全然違う。自分の感じた痛みや不快をわかってほしくて書いて、人目につく場所にその文章を置くと、読む人の一部は書かれた痛みそれ自体を理解しようとするよりもまず、自分の痛みを重ねてそれを語りたくなる。
最近「痛み」に関する本を読んだところで、そこに共通するようなことが多くあった。
痛みも感情も「わかる!」のひと声で共感することはそう難しくないだろう。でも、その「わかる!」は当人の尺度でしかないの。私たちは「その痛みわかる、知ってる」ではなくて、「〜なことがあってこんな風に痛かった」という「私の事実」を受け止めてほしいんだ。話を聞いてくれる味方を求めたつもりなのに、「わたしも前にさ...!」なんて不幸自慢大会が開催されるなんてたまったもんじゃないよね。とか言うけど、そのどちらの立場にもなり得る可能性が私にはあるし、過去に不幸自慢大会の主催すらしてたかもしれない。自分もいつの間にか誰かの敵になる、加害性を秘める人間であることの自覚をもちたい。






