
sum
@sepjira_330
2026年6月4日
貝殻航路
久栖博季
読み終わった
舞台は北海道の釧路。霧深い町に、ふらりと旅に出て留守ばかりの配偶者、ロシア船に拿捕(だほ)され別人のようになってしまった船乗りだった父、一緒に港から見た貝殻島の傾いた灯台など、輪郭もどこかぼんやりした雰囲気。
その中で、特に都度出てくる車の描写が浮いて感じた。機械的で実用的で、しっとりした物語の空気の中で異質さが目立つ。義妹の真っ赤なハスラーだったり、自身の「銀色の涙」の形をした車に関する車検や責任というワードだったり。車は主人公が生きていくための強さの象徴だった。
P.67 かつての日々が少しづつ背後へ遠ざかっていくのを感じた。乱反射する光がどんなにまぶしくても、わたしは道を間違えなかった。頼りにするべきなのは、自分の車のヘッドライトの光だ。その光が雨の夜を切り拓いて、わたしを前に進ませる。光のほうへと導かれながら、わたしはまるで夏の夜の羽虫にでもなったみたいに、この夜を渡る。
P.82 車検を終えてそれほど経っていないわたしの車はしっかり整備されている。ガソリンも充分に入っている。銀色の涙みたいな車は今、早朝の光の下で出発を待っている。北海道にはまっすぐで長い道路が多い。その道を自分一人で突き進んでいく強さが必要だ、そのための車だ。
カバーや物語の背景と裏腹に、思いがけず力強さのある文章が印象的。
父親はほどなくして介護施設で亡くなる。主人公にとっては大切にされも、傷つけられもしたただ一人の家族で、この描写もとてもつらかった。けれどかつての父親が暗い海を船で進んで行ったのになぞらえ、車という船を持ち、一人進んでいく強かさを描いた物語だった。

