時間のかかる読書人 "群像 2026年 6月号" 2026年6月4日

群像 2026年 6月号
書き手としてわたしが興味を持っているのは、人間の悪性によって起こる悪しきことよりもむしろ、善性によって起こる悪しきことのほうだ。というと因果関係が逆で、善性をおそろしく、うとましく思ってきたから、書くことに行き着いたというほうが近い。相手が向けてくるのがあきらかな悪意だけであったなら、抗議をしてもう付きあわないという選択をしてもたいした労力はいらないけれど、SNSじゃあるまいし、日常のなかにあきらかな悪意というものはあんまり出てこない。悪意はいつも見せかけの、あるいは本物の好意と分かちがたくからまっていて、わたしたちをがんじがらめにするのだ。だから、書くことや、詩を読むことが、あなたの言う「非日常」という形で、しかしむしろ日常の本当の姿に肉薄して、抗議ではない抗議として、わたしの助けになってきた。そして、それがただわたし個人が生き延びる手段というのではなく、現実じたいが現実を克服する手段になればいい、と思ってきた。
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