端隅 "わたしはわたし自身を生きる増..." 2026年6月5日

端隅
@R_nut
2026年6月5日
わたしはわたし自身を生きる増補新版
わたしはわたし自身を生きる増補新版
金子ふみ子,
鈴木裕子(社会運動史学)
子ども時代の虐待は読んでいてつらい。人権や男女の平等、子どもの権利についてほぼ知られていなかった時代ということもあるが、今でも子を親の所有物や従属物とみなし欲やストレスのはけ口にしたり、利用したりする大人がいることを思うとますますつらくなる。 親子の情にも、宗教にも、社会主義にも絶望し「個人主義的無政府主義者」となった文子。彼女の思想が、自身の体験から生まれたものであることがわかる。忠臣愛国、教育勅語の時代に、人間の平等を基礎として天皇制をも含むすべての権力を否定し、(たとえそれによって自らが破滅しようとも)自分の意志によって動くことが生きることだと信じ、実行した……明晰で、まっすぐで、強い。でもその文子が獄中で詠んだ歌からは、さびしさや悲しみ、自由に生きたかったという思いも感じられ、切なくなる(いくつかの短歌は、わかる!わかるよ!と手を握りハグしたい気持ちになる)。 文子がひとりの、弱さももった人間であったことがわたしに勇気を与えるし、日本国憲法に掲げられた基本的人権や幸福追求の権利がいかに尊いものか突きつけられる。彼女が享受できなかったものだから。 「私が私自身のことを考え、私自身の道を歩むために、私自身の頭と足を持ってるように、他人もまた自分の頭と足とをもってるはずだ。ーーつまり、自主自治ーーすべての人が自分の生活の主となって、自分の生活を正しく治めるところに、かすかながら私の好きな社会□を描いてみる気にもなるのです」 わたしも自分の頭と足で自分の道を歩きたい。
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