活字畑でつかまえて "物語ることの反撃" 2026年6月10日

物語ることの反撃
物語ることの反撃
リフアト・アルアライール,
岡真理,
藤井光
この短編アンソロジーの編者である リフアト•アルアライールの言葉 「パレスチナの占領は、まず比喩的に、つまりは言葉や物語や詩において行われました。だから、私ちちは書くことによって抵抗すべきなのです。あらゆる努力とペンを使い、私たちの大義を広く伝え、私私たち自身と世界じゅうの人びとに教えるべきなのです。私たち自身の物語を伝えることが抵抗ですー忘却と占領に対する抵抗なのです。抵抗とは騒がしくすることであり、マルコムXが言ったように、「何かを求めているのなら、騒がしくするべき」なのですから。」 あまりにも多くの示唆に富んだ言葉だ。 この姿勢から学ぶ必要がある。 彼は暗殺されている。 『Lは生命のL』 なんて純真で爽快な短編なのだろう。 イスラエル兵によって父を喪った少女は オリーブの木のように強く ターエルの物語の先を生きていかねばならない。   「歳月とは人生の長さかもしれませんが、信念は間違いなく人生の幅を決めます。」 「わたしが生きがいにしているものには、死にがいにするだけの価値があるのだろうか、と自問し始めました。」 「太陽には二時間を与えて、畏敬の念を覚えさせる空でお気に入りの場所に昇れるようにしました。」 太陽に左右される卑小な存在ではなく、太陽の動きを左右させうる大いなる自分であること。 『戦争のある一日』 結末、そうきたか。 まさに物語ることの反撃。 それにしても無念だ。 「眠っている彼がどうして微笑んでいるのか、それは誰ひとりとして理解できなかった。眠っているときだけ、彼は安心や幸せをもたらすものを手にできるのだとは、誰ひとりとして思い当たらなかった。眠ってはいないときに奪われているものを手にできるのだ。」 「(弟)は毛布を肩にかけて引きずりながら近ついてくると、ハムザの横に座った。ハムザは本をざっと眺め始めた。スラックスの裾を膝まで上げていて、脚を投げ出していた。それに目を留めたジハードは、毛布を引っ張って兄の脚にかけた。兄の脚が危ない目に遭いそうだと感じたからだが、何による危険かは分からなかった。脚に毛布をかければ兄の助けになるだろうし、少なくとも兄が集中できるようになる。」 ホッとする可愛らしい描写だと思いきや、実はかなりコワイ描写なのかもしれない。例えば弟はこの先兄が両足を失うことになる姿を予見したのかもしれない。 「ハムザは弟を待っている輝かし未来のことを考えた。それを実現するために惜しまず努力しよう、とそっと言った。」 「言葉を容赦なく貪り食って飢えを和らげた。完全に新しい生命を自分に吹き込んだ。」 『助かって』 1秒前と1秒後 一瞬の閃光で、外でサッカーをしていた友達たちは死に、バルコニーから見下ろしていた自分は生き残ってしまった世界。 『カナリア』 一目惚れというか 公園でお互いの存在を気にかけていた男女が 実は敵同士だったという悲劇、そして死。 『土地の物語』 「「神に与えられた土地」の一部だと言いながら、その土地にある189本のオリーブの木を、ひとりのイスラエル兵がブルドーザーで倒してしまう。そのことを、私は決して理解できないだろう。神が怒るかもしれないとは考えなかったのだろうか。自分が倒しているのは一本の木なのだということに気がつかなかったのだろうか。パレスチナのブルドーザーなんてものが発明されたとして(まあ、そんなこと起きっこないけれど)、たとえば私がハイファにある果樹園にいるとなったら、私はイスラエル人が植えた木を一本たりとも倒さないだろう。そんなことをするパレスチナ人はないない。パレスチナ人にとって、木は神聖なのだし、それを育む土地も神聖なのだ。」 「ガザについて語るとき、ガザはパレスチナのほんの一部なのだということを私は思い出す。パレスチナはガザよりも大きいのだと思い出す。パレスチナは西岸地区だ。パレスチナはラッマッラーだ。パレスチナはナーブルスだ。パレスチナはジェニーンだ。パレスチナはトゥールカリムだ。パレスチナはベツレヘムだ。何よりも、パレスチナはヤーファーであり。ハイファであり、アッカーであり、イスラエルが私たちに忘れさせようとするすべての街なのだ。」 「父さんと土地のあいだにあるのは、壊すことのできない絆だ。パレスチナ人と土地のあいだには、壊すことのできない絆がある。草木を根こそぎ倒して木を伐採することで、イスラエルはその絆を壊して、絶望という自分たちの習わしをパレスチナ人に押しつけようとする。木々を何度でも植え直すことで、パレスチナ人はイスラエルの支配を拒んでいる。「わが土地、わが習わし」と父さんは言う。」 『不眠症への願い』 パレスチナ人作家が書くイスラエル兵の苦悩、心的外傷後ストレスというやつか。 イスラエル兵もまた同じ人間であることを願うばかりだが、実際はどうなのだろうか? 命令だから 仕事だから それはナチスの犯した過ちと同じことである。 厳しい態度で臨みたい。 それは自分への戒めでもある。 『包み』 良作。 ドラマがある。なんて言っていいのか分からないが。 『撃つときはちゃんと殺して』 「アブー•ライラーは三ヶ月後に死んだ。悲しみに暮れてはいても、ほかと比べれば自分たちはまだ運がいい。ライラーはそう思って、自分も家族も納得させようとした。家の壁はまだあるから、テント暮らしで厳しい冬の寒さと夏の暑さに耐えなくていいぶん、一家は幸運だ。」 『イスラエル軍のアパッチヘリコプターが空を切り裂いていく音を耳にすると、あたりを見回し、その弱々しい瞬間に、父親の負傷から始まったあらゆる苦しみを思い出し、歯を食いしばってつぶやいた。「次は、ちゃんと仕事をしなさいよ。爆撃するのなら、最後まで爆撃して。銃を撃つのなら、ちゃんと撃ち殺して」 最も残虐な仕打ちは殺してしまうことではなく、生殺しにすることなのかもしれない。と思わせる。 『家』 捻った展開がおもしろい。 見つかったら即、射殺されるのを覚悟の上で 我が家への束の間の帰還。 頑固親父とあきらめつつ従うしかない息子。 「「家を爆破する」と父親は答えた。「自分の家にしておけないのなら、誰にも渡すものか」」 「「あいつらは俺の家を奪った。俺の歴史、俺の根っこ、それに俺の土地を奪った。そしていまの俺を見てみろ、それを破壊しようとしついる。こんなことをいつまでも続けさせるわけにはいかないし、ろくでもない政治家連中に任せておくわけにもいかない。」」 「おまえの言うとおりだ。家を爆破するなんて狂ってる。だがな、爆弾はそこに置いておくことにした。あいつらに怖がってもらいたい。恐怖のなかで生きてもらいたい。俺たちがつきまとってるんだと感じてもらわないとな。イスラエル人たちには疑問を持ってもらいたい」 『ネバーランド』 この作品はヤバイ。 つらい。 「男の子のところに行ってみると、その子は本を胸のところで開いて、髪の毛のない顔は枕の端にのせ、顔に微笑みはなかった。彼女はそのそばにそっと腰を下ろし、本を手に取った。『ピーター•パン』、けっして大人にならず、終わることのない子どもの日々を、忘れられた少年たちの暮らすネバーランドという小さな島で過ごしている。 彼女は男の子の小さく冷たい両手にその本を戻した。男の子が結末まで読めたことを願った。「しっかり寝てね、ぼ••••••小さなピーター•パン」とつぶやいた。」 『あっというまに失って』 同じパレスチナ人同士であっても 100メートルと離れていない家に住む同士であっても、そこには厳然たる階級の差、貧富の差が横たわる。 『傷痕』 ラストを飾るに相応しい作品だ。 もう言葉がでない。 俺の言葉のすべてが嘘っぱちに思える。 なんて俺は軽いんだろう。 ただただ自分が悔しい。 あまりにも無力で無知で無恥で厚かましい。 「戦争は終わるものだと人は言うが、それはじっさいには違う。戦争はけっして終わらない。」 「どうして置いておきたいの?難民の女性の、大きくて醜くて暗い写真じゃないか。どうして置いておこうとするのかさっぱりわからない」 息子が言っていたのは、陰気な家の玄関扉のそばに、聖なるもののようにかかっていた写真のことだ。その家で私たちにあったのはイメージだけだった。カメラも、畑もないー薄暗い光だけだった。 「これはナクバのときの肖像写真。あれほどの苦しみを味わった人たちのことを、私ちちは覚えておかないといけないの。それに、未来の人たちが私たちの苦しみも覚えていられるよう祈らないといけない」 例えば日本なら原爆がそれにあたる。 改めて強く思う。 「笑顔になってるね」 「うん、大丈夫だよ」 サラームが初めて心からの笑顔を見せたのは、死んでいくときだった。 今度は、息子の後ろには美しい風景はなく、場面を完璧にしたいから笑顔になってほしいと頼むこともなく、カメラもなかった。あるのはただ、薄らいでいく微笑みだけだった。
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