powder0311
@powder0311
2026年6月7日
BUTTER
柚木麻子
読み終わった
一般にフランス料理は足し算の料理と言われている。美味しさに美味しさを足して、味に味を足した重層的な味わいこそがその真髄だという。それは隅々にまで張り巡らせた思想として現れ、ある批評家はナイフを入れた瞬間の感触でもうその美味しさがわかったと記している。
柚木麻子の『Butter』には数多くの要素が込められている。本物のバターと“偽物”のマーガリンという対比を皮切りに、真実と嘘、現代社会におけるキャリアと時間、妊娠出産と年齢、中年の危機、仕事、食欲、恋愛、性欲、家族、親子、家父長制、友情、シフターフッド、外見と社会、痩身圧力、努力、自己実現、ジェンダーロール、セルフケア……そしてこれらを重ね合わせ、フレンチの一皿のようにひとつの小説としてサーブしようという意思があり、その試みは成功している。(海外での評価や受賞はその傍証だろう)
本書を読んでいるとアメリカでの差別論の言葉が浮かんだ。差別されている側は100満点でやっとスタート地点だと(牛乳ひとつ買いに行くのでさえ一度“ちゃんとした”服に着替える)。さらにその人が女性ならば仕事や身だしなみや性格を完璧にした上で「良き妻、良き母、良き女」でなければならない、いわば二重の完璧さを求められる。現代日本に33歳の独身女性として生きる里佳もその例外ではない。強烈な磁場を持つ梶井とのアクリル板越しの接触により、里佳の態度は頼りなくさ迷う。本作は全ての要素を重ねながらはち切れそうなバランスを保って進んで行く。
フレンチのような濃厚な小説。しかし、私の美学からすると「ただし、塩加減は穏当」と付け加えたくなる。個人的にはこれ以上入れたら破綻してしまうギリギリのアタリが好きだから。


