夕つけ "猫を抱いて象と泳ぐ" 2026年6月7日

夕つけ
夕つけ
@niwatori777
2026年6月7日
猫を抱いて象と泳ぐ
身体の小さな少年が、チェス盤の下にもぐりこんで指す「リトル・アリョーヒン」として才能を開花させていく物語。言葉を尽くして自己を表現するのではなく、チェスという静かな世界の中で他者と出会い、自分だけの宇宙を築いていく姿が描かれる。 読み終えてまず感じたのは、主人公のリトル・アリョーヒンは現実で出会っていたら、おそらく自分とはまったく相容れない人だろうということだった。私はどちらかといえば、自分の考えを言葉にして伝えたいし、主張することに価値を見出すタイプだ。しかしだからこそ、この小説の中で彼と出会えたことに感謝したくなる。自分とは異なる在り方を持つ人間の世界を、こんなにも近くで見せてもらえたからだ。 また、この作品はチェス小説でありながら、チェスそのものを描いた小説ではないようにも思う。作中で語られるチェスは、単なる勝敗のゲームを超え、言葉では捉えきれない広大な世界として存在している。そしてこの小説自体もまた、盤上のチェスのように、一読しただけでは到底理解しきれない奥行きを持っている。読後には物語を理解したというより、深い海を覗き込んだ感覚だけが残った。 印象的だったのは、リトル・アリョーヒンを取り巻く人々が皆、どこか「限られた居場所」の中で生きていることだ。屋上、壁の隙間、バスの中、山の中、そして盤下。彼らは決して広々とした世界の住人ではない。しかし、チェスもまた八×八マスという極めて限られた盤面の上で行われる営みである。 それでも、その小さな盤面は海のように広く、無限の可能性を秘めている。限られた場所だからこそ、そこに果てしない世界が生まれる。リトル・アリョーヒンたちの人生もまた同じだったのかもしれない。 言葉よりも雄大で、鮮明で、美しい世界がある。そのことを静かに教えてくれる小説だった。
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