不管稜太
@r_f_1
2026年6月9日
何者
朝井リョウ
読み終わった
かっこ悪い姿のままあがくこと。これが就活であり、人生である。
これは、九年前に『僕は友達が少ない』10巻で、三日月夜空や羽瀬川小鷹から教えてもらっていた。
それを、冷笑する視点で見ているのがこの小説。冷笑を冷笑する構造。
私には、この小説は、とんでもなく熱い小説に読めた。朝井リョウさんの小説は初読だったが、勝手に論理的でうまい小説を書くイメージがあった。全然熱かった。
私の書きたい小説にも似ている。「あがき」という言葉は、胸を燃やすような力がある。「もがき」も同じ。
小説のトリックとしては、ずっと俯瞰している主人公が、「あがいている」人たちを冷笑し、何者かになりたいと思いつつも何もせずに何事もなせずにいる五年生だった、というもの。個人的にはどんでん返しとは思わなかった。それよりも理香さんの言葉が熱かった。
主人公を最後まであまり悪く見せない語り方は流石。恋愛面での焦ったさはとんてもない。それこそが主人公の性格を表している。行動しなさい。
主人公が瑞月さんに惹かれたのは、瑞月さんがバカにしないで本気で尊敬できる性質を持っているからではないか。自分の持っていない性質に、主人公は惹かれたのではないか。
理香さんと主人公は、持たない人という側面で似ている。持たない人間は、持つ人間を羨む。そして、羨みが憎しみに変わることもある。その憎しみを埋めるため、持つ人間が不幸であり、失敗し、持っていなかったのだと思おうとする。そこまでは理香さんと主人公は似ている。しかし、決定的に違うのは、持たない人間だと認めてあがくか、認められず、あがかず冷笑するかである。理香さんは、きっと成功するのではないか。
最終的に主人公は成長する。カッコ悪さを認めることに成功する。主人公の成長譚で締められる。
正直「直木賞」「朝井リョウ」からこのタイプの小説が出てくるとは思わなかった。途中まで説教臭いなと思っていたが、これが出てきたのは嬉しい誤算でもある。これが世間から評価される、ということもわかった。今後の創作のヒントにもなる。
解説まで熱々で、久しぶりに「刺さる作品だったな」と思わざるを得なかった。いや、悔しいのでやはり撤回したい。俺にだって書けるはずだ。
