管太
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大学生。小説執筆(カクヨム等)
- 2026年4月6日
杉森くんを殺すにはおさつ,長谷川 まりる読み終わった非常に考えさせられる小説。傷付いた女の子の再生が描かれる。 自殺を児童文学で表現するというのは、難しいことである。それを良いバランスでやっている作品。自殺を扱うという目的があって、そこにストーリーをあわせていったのかもしれない。 今、誰もがヒロになりうるし、誰もがミトさんや良子さんになりうる。親友を失うかもしれないし、近くに親友を失った人が現れるかもしれない。その時、仮に大人でも正しい対応ができるかわからない。そもそも何が正しいのかもわからない。そんな時こそ、この小説を読む価値がある。 大事な友達を自分のエゴで遠ざける、というのは、どこかそんなことがあったと思う人も多いのではないだろうか。そんな児童たちにも刺さりうる。 杉森くんを失ったヒロが、だんだんと社会性を取り戻し、成長していく話。今の児童にも読みやすい文体ながら、技巧的に作られている作品。文体のためもあり、どんな小説を求めていたとしても、どんな児童が手に取っても、何が得るものがありそうな小説。 矢口くんとの恋や、急な用語説明などはやや無理やりか。これは児童文学としての宿命なのかもしれないが、一般論に落ち着く感じはした。それがよいのかもしれないが。 - 2026年4月6日
コンビニ人間村田沙耶香読み終わったとてつもない小説。 コンビニ店員と社会一般の普通の間で揺らぎ、コンビニ人間としての再生が描かれる。 昔は社会的にも普通だったコンビニ店員という職業は、年齢を重ねることでだんだん普通ではない「変」な存在になっていく。 普通とはなんなのか。「変な人間」というが、そこには普通という軸があり、そこから外れているから「変」という評価が存在する。社会は、普通が正しいものだと判断する。しかしその評価基準から脱却すれば、「変な人間」と判断する術を失う。さらに、もしコンビニ人間としての評価基準を採用したとすれば、「社会的な普通」が「変」になる。 だが、人間は一般的にこの評価基準の構造から逃れることはできない。大多数の人間は普通の軸があるという境地に洞察が向かない。だからこそ、文学としてこの作品は訴えかけているのではないか。 コンビニ人間が人間になろうとして、コンビニ人間として再生する話。 読めば読むほど、はっとされられる作品。 - 2026年3月30日
激しく煌めく短い命綿矢りさ読み終わったこれこそが綿矢りささんの真実なのかもしれない。『激しく煌めく短い命』というフレーズこそが。 「恋は、始まりでも終わりでもない。 ちょうど人生の真ん中にある。」(11頁) という一節がとにかく印象に残る。恋の前、恋の後は存在していて、物語化されるのは恋の最中だけど、その前後も登場人物たちは命を燃やして生きている。今もきっと二人は、そしてその他の登場人物たちは、短い命を全うしている。 主人公の成長譚であることは間違いない。親の毒性、周囲の目、京都特有の差別に縛り付けられていた久乃は、綸との大失恋、そして復縁を通して踏ん切りを付けられる。ただ疑問に持つだけでなく、親とはなんなのか、周囲の目や差別とはなんなのかを、極限まで考える。親はいつまでも変わらない。偏見は他人の中ではなく自分の中にある。京都の人はみんながみんか、人をナチュラルに見下してて、身分差が冠位十二万階くらいあると思っていた。が、その冠位十二万階は気付けば自分の中にもあり、そして自分ことが作り出したものだった。そして、日常のすぐ側にある電車の人身事故から、人生のあっけなさを感じ、『激しく煌めく短い命』である今を全力で生きることを決める。そして、恋の後を新たな決意で生きる。 綸はおかれている状況によって姿が変わっているように見えるが、芯は貫かれている。昔の橋本くんやルカナちゃんは好きすぎる人との恋愛はうまくいかない、一番好きな人とはくっつかない、という考えるを持っていた。これまでの綿矢りさ作品にもこのような考え方をしている登場人物がいたり、この考え方が作品のテーマになっていたりしたように思う。しかし、綸はそのような理想を捨てていない側の人間だった。いまの自分が望む道を歩もうとする。だからこそ、この終わり方なのだ。綸がこの生き方を貫いていなかったら、この物語は間違いなく別の終わり方になっていた。これがハッピーエンドなのかバッドエンドなのかはわからない。でも、希望が見える終わり方ではある。 構造としては『生のみ生のままで』な非常に近い。お互いの恋の炎は燃え盛っていたのに、お互いのプライドなり意地っ張りさなり不器用さにより、長い間関係を絶つ。しかしその後再会して、最初は過去の関係が全くなったかのように凍りついた仲だったが、だんだんと打ち解け、そして復縁する。もしかしたら綿矢りささんは、好きという気持ちを持ち続けていたら結ばれる、という真実を持っているのかもしれない。 しかし、『生のみ生のままで』と違うのは二人の間に子供が生まれること。子供という存在は恋の先にあるものである。二人は二人だけの世界の恋から、社会の中の家族へと変わる。自分の理想を掴みながら、社会で生き抜く。自分の理想をとるか、社会で生きることをとるか、という選択が綿矢りさ作品に通ずるものだと考えていたので、この小説は今までの小説の一歩先にいったもののように私は思った。 表現は流石の一言。この長い作品をここまで読ませることができるのは、確実に文章のおかげである。世の中を穿つ描写、主人公の洞察は圧巻で沢山付箋を貼ってしまった。登場人物のリアリティもすごい。 全身で綿矢りさ作品を浴びた。『グレタニンプ』はまた作風が異なっていそうなので楽しみ。 - 2026年3月11日
かがみの孤城 下辻村深月読み終わった非常に温かい話。これから登場人物たちはそれぞれの人生を歩んでいくのか、とこの先の彼彼女らの人生が見られないことが少し寂しい。きっと無意識のどこかにこの城での日々が残り続け、前を向いて進んでいくのだと思う。 この小説は女性が書き、多くの女性(もちろん男性にも)に評価されている。小説を書く男から見ると、男がもし作者だったらもっと大味な小説になっていたかもしれないと思った。城のギミックが壮大であり派手にして、登場人物たちももっとある意味で騒がしい個性のある人間を採用しかねない。しかし辻村氏は人間関係における究極の細部に目線を合わせ、仕掛けやキャラクター以外の所で読者を揺る。それがすごい所。 とはいってもこの作品はかなり論理的に作られていて、年代の設定や『喜多嶋先生』の伏線などは非常にうまい。 最後はキャラクターたちが本名になって城を後にし、現実の時間へ帰っていく(336頁)。それぞれの自分を、それぞれの力で進んでいく、希望か感じさせる別れに感じた。 ただ、辻村氏の作品はやはり少し長い気もした。リーダビリティは高いので読みやすいが、やはり長いと私は感じた。 - 2026年3月11日
かがみの孤城 上辻村深月読み終わったやはり辻村深月氏の世界の見え方はすごい。 初めて会う中学生同士の自己紹介を体系化して女性的感覚で描写している所や、親の言動とそれに対しての洞察と感傷。辻村氏の作品は特に女性に刺さっている印象があるが、こういう所なのかもしれない。ウレシノが人の恋心を操りたいという願いを持ったことに対して、それがいかに理不尽なことなのか、と主人公が思う(144頁)。たしかに。まじでそう。おぞましささえ感じる。 『弾んでいた胸が潰れるのが、音まではっきり聞こえた気がした』(204頁)は、この作品の温度感で、最大の衝撃を含む描写。胸が詰まるよう。 リーダビリティが高くすらすら読めた。 - 2026年3月11日
ノルウェイの森 下村上春樹読み終わった悔しいくらいによく分からなかった。 最後まで読んだときにまた第一章を読むと切なさを感じる。愛している相手が本当の意味で自分のことを愛していない、これが作中に何度もあった。その苦しみは命を絶つほどの苦しさが伴う。主人公は直子を愛していた。直子はキヅキを愛していた。緑は主人公を愛していた。ハツミさんは永沢さんを愛していて、レイコさんは主人のことを愛していた。しかし、その愛は同じ熱量の完成されたものとして返却されることはなかった。人間は人生において一人の人間しか愛することはできないのではないか。仮に愛することはできても、それは本物の愛があった脇とか裏にある愛なのではないのか。そんなことを思った。 この小説は村上春樹氏の個人的な小説でもあり、本の中にあるテクストを私たちがどう解釈しようとかまわない。そして、この小説がなぜここまでの価値があるものなのか、それを考えることにも価値があるのかもしれない。 - 2026年3月9日
- 2026年3月3日
叫び畠山丑雄読み終わった川又青年が命の男の話。 川又青年にとって聖は、天皇陛下だった。天皇にお伝えしたいことがあった。早野にとって聖は、しおりさんだった。しおりさんに伝えたいことがあった。二人は一心同体であり、共鳴し合っていた。川又青年を庇うために最後の行動に出た、という見方もできる。 なかなか虚を突かれる終わり方。初読時はアヘンで頭がおかしくなった男の話だったのか、と思った。が、多分それでは小説の読解が浅い。 早野も川又青年も、夢を持っている。『「男子たるもの」川又青年は空気を震わすように声を張った。「愛するものを恋闕の情を以てありたけの花で埋め尽くすこと、それ以上の本懐はありえない」』(127頁)とあるように、花で埋め尽くすという点で、二人の夢もどこか共鳴しているように見れる。だからこそ早野は最後の行動に出た。全てを投げ打つことになると知って。 叫びとは何だったのだろう。早野にとって叫びとは銅鐸の音でもあり、その叫びによって啓蒙を受ける。この叫びは川又青年の叫びでもあったのかもしれない。川又青年の叫びに呼応して、早野は生きていたのかもしれない。これはテクストを離れすぎているか。 警句のようなフレーズが所々にあり、知的な小説でもある。終わり方には驚いたが、どこか芥川賞受賞する理由もわかる気がする。万博に行ったこともあったのでなかなかのリアリティも感じられた。ファンタジー性も個人的には好き。機会があれば再読したい小説。 - 2026年3月3日
成瀬は都を駆け抜ける宮島未奈読み終わったとても面白かった。シリーズ三作品の中で一番好き。 成瀬が周りの人間たちに主人公性、成瀬性を振り撒いて、みんなが主人公に、成瀬になっていく話。主人公(成瀬)をモブキャラから描写して、主人公だな、と思いながらも、自分も成長しよう、と思えるような小説。素晴らしいフォーマット。 そして最後には島崎みゆきが成瀬になる。「わたしの代わりが務まるのは島崎しかいない」(191頁)とあるが、今はそうなのかもしれない。しかし、更に月日が経てば今作品に登場したキャラクターたちでも成瀬の代わりが務まる人間になっているのではないか。全員が成瀬に引っ張られて、頑張って、成長していくのだ。あかりという名前に込められた意味である『まわりを明るく照らす子になる』を、本当に体現している。 しかし、もちろんそれだけではなく、成瀬だって成長している(133、147頁等)。周りのキャラクターと接することによって、新たな気付きがあったりして、成長している。これは当たり前の話である。しかし我々は成瀬がとても高いところにいて、成長の限界点にいるように見えるかもしれない。きっと他の登場人物でもそう見えているキャラクターはいる。なぜそう思うかと言うと、我々が成瀬あかりに憧れているからである。成瀬あかりを見上げるからこそ、尊敬するべき成瀬あかりという枠にはめて認識するのだ。しかし成瀬だって一人の人間だ。これは成瀬以外のキャラクターが成長し、そして成瀬もそれに呼応するように成長する、成長譚とも読める。 西浦が出てきたのはとんでもなく嬉しかった。一作品目を読了した時、多分こいつは一生成瀬のことが好きだろうと思っていたが、その通りだった。描写の終わり方もややオープンでうまい。解釈は我々に委ねられる。個人的には一生甘々な恋愛をしていてほしい。 究極のリアリズムでリーダビリティが非常に高い。しかしそれだけではなく小説としての味があるし、熱い気持ちにもなれる。終わってしまうのは悲しいが、いい所で終わったという感じもした。『それいけ! 平安部』も面白かったので、宮島先生の次作にも期待。 - 2026年2月22日
太陽の塔 (新潮文庫)森見登美彦読み終わった『成瀬は都を駆け抜ける』で森見登美彦作品が登場する章があったので、急遽積読だった当作品を読んた。 男汁がほどばしった小説。男子大学生からの目線から言わせてもらえば、男の心の奥を恥じることなく包み隠さずに独白した小説だと思う。 作品を通して主人公は、強がっている。心の中ではこの真実に薄々気付いているのかもしれないが、それを認めてしまったら全てが崩れてしまう。だから、強がり続けなければならない。「どんなことを為すにしても、誇りを持たずに行われる行為ほど愚劣なものはない」(13頁)と書かれている通り、主人公は自分に誇りを持っている。 法界悋気という作品通してのキーワードがある。法界悋気でええじゃないか、というのが作品に渦巻くテーマであり、強がりの結晶なのではないか。 叡山電車で彼女の夢に入る、となった所は面白い。ただこの夢の冒険に物語が向かわないのか、と少し残念に思った。この作品独自の味が深められるのではなく、ただただ男汁を強く感じた。それこそがこの作品なのかもしれないが。 終わり方もよく分からなかった。「読者が想像されるような結末」が検討つかなかった。まだまだ作品への寄り添いが足りないのかもしれない。 「もし精神が位置エネルギーを持つとしたら、落下するときにはエネルギーを放出するはずだ。それを利用できればなあ」(141頁)は本当にその通りだと思った。 一、二年前に読んでいたら今の数十倍くらい刺さっていた可能性のある小説。好きな人は本当に好きな作風だと思う。 - 2026年2月18日
東京奇譚集村上春樹読み終わった奇譚だった。五つの話全てが不思議な出来事。村上春樹の筆力でリアリティのある文章として楽しめた。 『偶然の旅人』 作者の語りというのは新鮮。だが村上春樹の知人の話がストーリーとして語られる。知人は音に対しての感度が高い。沈黙の種類を聞く、というのが独自の感覚。男が自分の道を選ぶことによって、本来の自分に戻ることができた。その本来の自分を選択し続けることによって、真実が掴めた。現実にも不思議なことってあるよね、と言った話。 『ハナレイ・ベイ』 「サチの息子は十九歳のときに、ハナレイ湾で大きな鮫に襲われて死んだ」という一文目のインパクト。話のリアリティ・ラインが非常に高い。息子の火葬の料金をアメリカン・エキスプレスで払っていることに対する非現実性も、たしかにと思った。愛情があったのかなかったのかわからないような親と息子。しかし、意識していなくても確実に深い愛情で繋がっている。そんなことを思った。 『どこであれそれが見つかりそうな場所で』 何度読んでもよく分からない作品かもしれない。資本主義や宗教から超越したものこそがヒントなのかもしれない。 『日々移動する腎臓のかたちをした石』 奇譚性は一番薄いのかもしれない。「男が一生に出会う中で、本当に意味を持つ女は三人しかいない」というのはどこか自分と照らし合わせて考えてしまった。秘密が多い女の魅力はすごい。その秘密を追いかけたくなってしまう。対して主人公は女に(小説の展望という)秘密を教える。そうすると、女はさらなる世の中の秘密を教える。その『秘密』が時間をかけて主人公を揺さぶる。最後に主人公は女の秘密を知り、女から解放される。このことは、主人公にとって「本当に意味を持つ」。主人公の成長譚としても読める。 『品川猿』 名前を盗む猿によって女性が成長する。品川猿はいい存在なのか、悪い存在なのか。それは、どちらでもある。名前を盗むのは当然悪いことである。しかし、それと付随して品川猿は主人公に真実をもたらした。ただ『品川猿の告白』を先に読んでいたので、個人的には猿はただただ利己的な動物に思えた。品川猿という厄災を経て成長できるかは、その人次第。 - 2026年2月14日
読み終わっためちゃくちゃ面白かった。 諧謔溢れる書簡体小説。テンポもよく、読みやすい。終盤はまだ終わってほしくないな、と思いながら読んでいた。 マシマロマンに最高厄介なお姉様、見どころのある少年から「森見登美彦」。登場する全てのキャラクターが活き活きしていて、主人公の世界を彩る。そして主人公に奇妙な共感が生まれた。もしかしたら自分も阿呆なのかもしれない。 我々は楽しくこの小説を読むが、本当に論理的に計算され尽くされている小説でもある。ここでこの情報を出して、そこで伏線を張って、あそこにユーモアを……。私は森見登美彦氏に『恋文の技術』を書く技術の教えを乞いたい。 ユーモラスだが知的で、どこか箴言めいた一節も所々に見られる。 七尾に行ったこともあったため、かなり懐かしい気持ちにもなった。面白い小説なのでぜひ。 - 2026年2月9日
負けヒロインが多すぎる!(8.5)いみぎむる,雨森たきび読み終わったぬっくん、よくない。刺されないように頑張ってほしい。 温水くんが主人公ではなく、ガールズ(特に八奈見さん)がメインに描かれていると感じた。温水くん視点の時はこの作品特有の口に出すセリフとモノローグとしてのセリフの使い分けが面白い。それ以外の視点では一人称に近い三人称でヒロインたちの内面も描かれる。 原作『負けヒロインが多すぎる』には、狂気的な愛を持つヒロインが幾度となく描かれている。普通ならコメディにならないくらい怖さを感じる恋心。その狂気的な愛を、温水和彦という鈍感な主人公によってコメディとして描かれている。これはとんでもない小説なのかもしれない。特に朝雲・白玉・佳樹の三狂気女は、読んでいるだけでヒリヒリしてくる。朝雲さんのエグさ。純文学かと思った。これをコメディとしてラノベの文体に落とし込んでいるのはすごい試みなのかもしれない。白玉ちゃんの魅力はすごい。現実で出会ったら絶対に好きになってしまうと思う。こういうエグい女子が現実にもいそうで怖い。こういう女子の目的は何なのだろう。かのかりの七海麻美みたいな底知れぬ怖さがある。佳樹は切ない。 そしてこの巻は八奈見さんの巻だ。八奈見さんは過去の恋愛で吹っ切れられず、負けヒロインになった。八奈見さんは煮え切らない女の子なのだ。そして今対象を袴田から温水くんに移して同じ恋愛が再生産されている。 八奈見が頑張って自分の恋愛を掴み取ることが、勝ちヒロインになることができるのか――ピアスに手を伸ばせるのか――大注目だ。 ヒロインレース的には檸檬がリード、それに継いで想いを伝えた馬剃さん。あとは温水くんの恋愛対象に入っていないのかもしれない。 今一番ノリにノッているラブコメ。そろそろ終盤に差し掛かるのかもしれない。 - 2026年2月6日
蛇にピアス金原ひとみ読み終わった言語化できない黒くて大きな澱のようなものが、作品に通底してある。思わず一気に読んでしまった。 人間社会には「所有」という仕組みがあり、所有する美学と所有しない美学がある。主人公はアマとの別れにより、所有する美学を選択した。所有し、自分の血肉になることを望んだ。 主人公はこの作中で知らず知らずのうちに愛を知る。自分自身を影にする方法を模索していたが、最終的には龍と麒麟とともに命を持つ。こんな一言では押し込めないし、これから二人がどうなっていくかもわからない。しかし主人公の中にかすかな希望もあるかもしれない。 再読したいと思った小説。 - 2026年2月5日
[新装復刻版]アヤワスカ!AKIRA読み終わった文化人類学でも文章を書く授業でも紹介された「アヤワスカ」。 AKIRA氏の文章は流石。ドラッグを摂取することによる幻覚や感覚を極限まで描写し、体験できないことを読者に体験させている。 細部の描写のおかげで実際にアフリカに行ったかのような気持ちになる。もはやアフリカの野生的な香りがしてきた。 サグラが扇情的すぎる。ドキドキした。ユパンキが本編通して出てきて、よいキャラクター。他にも人物の書き方がうまい。 未知を体験できた。良い経験だった。 - 2026年1月27日
- 2026年1月25日
生のみ生のままで 下綿矢りさ読み終わった盛大で曲がりくねった超純愛の物語だと感じた。 最初は恋愛の矢印が向き合わなかった二人。それが時間をかけて矢印が向かい合うようになる。時には片方から矢印が向き、もう片方の矢印は別の方を向く。はたまたかつて強く太い矢印を向けていたのに時間が経つとそれが綺麗になくなり、逆に昔は薄い矢印を返すだけだったのが今度は大きな矢印を向け直していたりもする。 好きな人の好きな人になることは、難しい。恋愛のお互いの矢印が向かい合うことなんて、奇跡みたいなことだと思う。でも、逢衣と彩夏はそれを成し遂げてしまう。 二人はこの恋を運命と言うが(103頁、245頁等)、そんなものはまやかしなのかもしれない。この二人は恋愛の矢印が向かい合わなくても、それが向かい合うように大変な努力と行動をしている。片想いから掴み取った両想いと言える。人々は掴み取った恋愛の神聖さを称する言葉として運命と言うのかもしれない。 仲好く(241頁)、仲が好い(242頁)という言葉がでてくる。「仲良い」ではなく、「仲好い」。この漢字の選択こそが逢衣と彩夏のこれまで、そしてこれからの関係を示す言葉になっている。 やはりとんでもなくリアリティの高い小説で、面白かった。『激しく煌めく短い命』も楽しみ。 - 2026年1月22日
檸檬梶井基次郎読み終わった檸檬を貰う機会があり、その時に「これは爆弾かもしれない」と言っていた人がいて、お洒落すぎると感動したため読んだ。 前にも読んだことがある気がするが、やはりよく分からなかった。「意識の劇化」という言葉が一番しっくりきた。 - 2026年1月21日
- 2026年1月21日
生のみ生のままで 上綿矢りさ読み終わった『激しく煌めく短い命』の前に読もうと思った。 かなりエンタメに近い文体だが、リアルであり変わっている登場人物たちは綿矢さんの小説でしか感じられない。細部の切り取り方がうまく、女の人が男の人をどう見ているかもよくわかる。逢衣は果物に例えると梨、それなら彩夏はダークチェリーだ、という表現は圧巻(194頁)。213頁の登場人物の過去への考え方については綿矢さんの小説にも当てはまる気もする。 レズというよりも、運命の人がたまたま女性だった。だから、お互いに惹かれ合うことに性別は関係ない。心が昂るシーンの表現からは目が離せない。 どこへ着地するのか楽しみ。 【下巻解説読了後追記】 この感想こそ同性愛を構造的に見ていたのだと痛感させられた。この構造からの脱却が『生のみ生のままで』いることなのかもしれない。
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