ここみ "know" 2026年6月6日

ここみ
@kokonano
2026年6月6日
know
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野崎まど
初野崎まど。読了者の評判が「すごい」「ヤバい」とかなり良かったので期待していたのだけど、自分には少し合わなかった。というより、なんか惜しいが近いかもしれない。先生という天才キャラはすごい好きだったんだけど、彼が「科学が求めることは全知だよ」と言い切ったのが一番引っ掛かっちゃって。私的に知ることの前には必ずなぜがあり、科学が求めるのは全知ではなくより良い問いなんじゃないかと思っている、だからこの作品がひたすらに描く知ることへの定義や欲求と自分の価値観がずれちゃってるせいでもやっちゃったんだろうな。作中では全知への欲求がかなり強く描かれる。けどそれが人類進化の到達点というより、収集欲や到達欲の究極形に見えた。もちろんそれも人の欲求のひとつだと思う。でも科学や人類普遍の探究心ってもう少し別の場所にある気がしてるから、好奇心の描き方への違和感というか…いや、知る=調べるという定義ズレした情報処理社会が軸になっているからこそ、あの作品における「知」は問いを深めるプロセスではなく、「データをコンプリートすること」に寄ってしまった帰結だからかもしれない。けど、膨大な情報を高処理できるものが全知へ欲求を向け、それが単純に知りたいから知りたいみたいな自己増殖的なシステム駆動に見えちゃってるの勿体なく感じた。とはいえその違和感のおかげで知に関わる好奇心にも複数の種類があり、己の立ち位置はどこか?と考えられたのは面白かった。知識を集めたい欲求と問いを深めたい欲求は同じではないのかもしれない。 全知という理想そのものは人間の想像力の産物、ならば全知への執着は追い求めるというよりむしろ手放していく対象なのではないか〜とフィクションに対して真面目に考えてしまった。仏教モチーフありありで、最終的には執着を手放す方向へ向かうのかと思ったらそうではなかった点は、ある種の裏切りということでいいのかな。その突き抜け具合あたりは、極端思考実験ジャンルなので意図的なのかもしれない。西洋的な全知全能の神の概念を東洋的なガワで包んだ歪みのようなものが“味”かもしれないから、逆にこれで正常なのかもしれない。自分とずれてる苦手な小説ほどモヤれて面白いなって思った!!
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