ミック
@togo1004
2026年6月9日

生きる言葉(新潮新書)
俵万智
本書を読んでいて
SNSを始めるということは
強制的に物書きにさせられている状態でもあるな
って思った。
それはある意味不幸でもあるんだけど
私なんかは幸福だなって思う側面もある。
それは私が小学生のころ
作文の授業で当たり前のように原稿用紙を渡されて、"感想"を書けと指示された時のこと、
私は何も書くことが出来ず、周りの子供達がスラスラとペンを走られせているのに恐怖すら覚えた。私は自分の"意見"というものがなかったのだ。もしかしたら自分を表現するのが恥ずかしいみたいなものもあったのだが、今思えば
教育の側面もあったのではないかと思う。
私の母親はなんというか子供の思った事を
自分で勝手に解釈して喋っちゃうタイプの人で、
(毒親ともまた違う性質)多分、性格的な問題なんだろうけど、それによって私が何か言葉に出来ないものを見た時に、感情とか何かを拙いなりにも言葉で表現しようとした時に母は勝手に
「こう思ってんでしょ?」と言ってしまう。
すると私も『あ、じゃあそうなのかな?』
と思ってしまう。母が言ってるんだし間違いないだろうと、
すると自分の言葉がなくなって、感情だけがウロウロと彷徨う状態になってしまうんじゃないかって思うんですよね。
だから幸福でもあるんすよ、SNSって
鍵垢にしたら流石に親は触れないんでね