ミック
@togo1004
500冊目指します
- 2026年10月5日
- 2026年10月4日
- 2026年10月4日
去年の冬、きみと別れ中村文則これ系の犯罪小説は読みすぎて 犯人に対する恐怖みたいなものはない 『哲学タイプっすか!了解です。』 と思いながら呼んでしまう。 それじゃあいけないんだけど どうしても、似てるやつ居るとこの手のタイプの犯罪者は聞いてらんないんだよな 深淵を覗いてるドキドキ感とか 乗っ取られそうなワクワクはいまの所は無い - 2026年9月24日
地下室の手記ドストエフスキー召使いのアポロンに対する葛藤の部分 「主人公の父親も子な人だったのでは?」 とも読ませるのが凄い、きっとこの時代の"父親"って今よりも強い象徴だったから 子供の頃からずっとビビってたんだろうなって 感じる。すごく他人に集中してて自分のことを言ってるようで全く言ってないんだよな - 2026年9月24日
- 2026年9月22日
- 2026年9月22日
地下室の手記ドストエフスキー主人公がやってる"風俗説教ムーブ"なんですけど これはおじさん独特の行動というよりは"雄"的な行動なのかなって思ってて、抑制しないと出てしまう衝動でもありますね。これは根深いです。 女性と一対一だから起こるのか、消費する側と消費される側だから起こるのか、雄による捻じ曲がった求愛行動なのか - 2026年9月17日
地下室の手記ドストエフスキーどうしても西村賢太と比べてしまうけど 地下室の手記の男はより広域な道徳とか見栄に縛られて、よく言えば哲学とか人文的なんだけど 西村作品の北町貫太は凄くミニマルで私的な見栄なんだよな、『"オレが"欲しいんだ」みたいな それが凄く良い。社会の善として繋がる行動じゃないのにプライド持ってやってる感じが 凄く自分だけの"恣欲"を満たしてる気がする。 そこ点でドストエフスキーより上質な恣欲って感じなんだよな - 2026年9月17日
- 2026年9月16日
- 2026年9月16日
- 2026年9月16日
- 2026年9月15日
地下室の手記ドストエフスキー2章の①話が面白すぎる 街のビリヤード場で動線を塞いでた主人公が 2mのデカい将校に持ち上げられ退かされる → それをものすごい侮辱と捉えて文句を言おうか悩む(文句を言えば窓の外に放り投げて貰えるに違いないと思う)が思いとどまる→ 2m将校に恨みを募らせて住所、身分などを特定して観察する→ それを小説にして文芸誌に応募して見事に落選する→ 今度は人通りの多い道で将校に肩をぶつけてやろうと画策する(ぶつかりおじさん)→ ぶつかりおじさんをするために身なりを整える (給料を前借りして高級な手袋や上質な帽子を購入)→ 葛藤するも身体が言うことを効かず断念→ その後、何度もチャレンジするが失敗が続きたのだがある日、将校の肩に自分の肩をぶつけることに成功する→ 主人公は歓喜し次の話に続く - 2026年9月15日
地下室の手記ドストエフスキー本作の主人公に比べると 西村健太作品の主人公である北町貫太には 日本独特の"粋"さや剛担さ、可愛らしさを 感じでしまう。 客に地下室の手記の男は私自身に近い人物だと感じた、どこか病理的な男 - 2026年9月13日
- 2026年9月12日
地下室の手記ドストエフスキーまだ読みきれてない エーリッヒ・フロムの考え方に近いのかも 自由からの逃走でも近いこと言ってたな、 角度が違うけど、本書では自分自身のオリジナルな欲望って大事だよね。って言ってて フロムの本だと、そのオリジナルな欲望を貫き通せるほど人間は強くできてないよね? みたいなこと言ってる。だから"自由"つまり オリジナルの欲望から逃げるって話 - 2026年9月12日
- 2026年9月12日
地下室の手記ドストエフスキー"恣欲"って言葉初めて聞いた。 意味としては"おもうがまま"とか"勝手気ままな" そして本書では 【人間に必要なのは自分独自の恣欲だ】 と言っている。これはどの時代にでも共通して言えることなんだろうけど、より現代的な考え方な気がするな。みなさんコピペみたいな私利私欲で 右往左往してるもんな。 - 2026年9月11日
- 2026年9月11日
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