
1129_ymoi
@1129_ymoi
2026年6月10日
イスラエル・パレスチナ紛争をゼロから理解する
イラン・パペ,
広瀬恭子,
早尾貴紀,
茂木靖枝
読んでる
今も昔も…。
---
一九四七年二月から一九四八年二月にかけて、シオニストたちは、自分たちの計画はすならず実を結ぶという確信を胸に、軍備を整え、機が熟すのを待った。シオニストが構想していたユダヤ人国家において、ユダヤ人の優位を確保するためには、数的にも、武力においても、ふたつの段階があった。第一段階では、シオニストは分割計画に対するパレスチナ人の怒りを利用した。パレスチナ人がユダヤ人入植地を攻撃すると、シオニストは集団的懲罰で応じた。パレスチナ人の暴力を口実に、シオニストはユダヤ人国家となるはずのアラブ人居住区を一掃しはじめたのだ。つまりは民族浄化である。一九四八年二月、この種の作戦の不遜きわまる実行例が、古代ローマ由来の都市カイザリア周辺の三つの村で示された。三つの村は暴力的な強制退去の対象となり、ほとんどの建物が取り壊された。
かつて繁栄していたコミュニティの痕跡を見つけることは不可能に近い。アラブ人の村民は、生き延びたければ集団で退去せざるをえなかった。これらはすべて、イギリスが法と秩序を守る責任を負っているあいだに起こったことだ。
(p.80-81)


