
しをに
@remnkkswn60306
2026年6月12日
プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
アンディ・ウィアー,
小野田和子
再読中
急に推しの子の話をするけど、私はあかねがアクアに「それはやってはいけないこと」だって言うとこすっごい好きなんですよ。自分の持ってるもののことは棚に上げて。情も、寄り添う気持ちも、助けになりたい気持ちも、全て抱えたままでも、それは成り立つ。成り立つものであってほしい。
2巡目で、回想の1番きついところを改めて読んで、ストラットの方がグレースの言葉に、言い訳に、怒りも失望も何もかもが噴き出してきたであろうことは1巡目の時よりずっと、分かるというか、分かりはしないだろうけど、スッと入ってきたと思う。それはもしかしたら、ずっと1番近くにいた彼が尚もカケラもストラットの理解者たり得ず、彼女の抱えるものを何一つ分かち合えはしなかったことへの失望だったかもしれない。ここに至って当事者としての自覚も責任もなくお客さんのように振る舞われたことへの途方もない怒り。
それでも、尚も、それはやってはいけないことだ。言ってはいけないことだ。肯定してはならない振る舞いだ。という気持ちが全てを凌駕する。彼女の覚悟に憐れみや尊敬を覚えたとしても、この拒絶は成り立つ。それは、やってはいけないことだ。
でもって、その両立した感情を成り立たせるこの物語のこと、シンプルにすげーなと思う。
明らかな権力勾配、行使できる力の勾配、選択肢のない環境、安全性も透明性も時間の猶予も何一つ確保されておらず、臆病であることを引き摺り出された、惨めな存在に追い込まれた無防備な立場の個人に、言い放って良い言葉ではない、ぶつけて良い暴力ではない。踏み潰して良いものではない。その、「許されない」ということ自体を彼女が覚悟した上のことだとして、それはそれとして成り立ち、これはこれとして成り立つ。これはやってはいけないことだという、その、ただただ痛く苦しい気持ちはここに、読んでる私の内側に成り立つ。
だから、私は、このあとの彼女の行く末が何もわからないままになるこの物語が好きだ。彼女に罰を与えて欲しいとは思わない。それと同時に、何者も勝手に赦しを与えることなんかできない、できて堪るかと思う。グレースにすら、彼女自身にすら。
ともあれ1番きついとこが終わったので、最後まで読み切るぞ。

