"鹿の王 4" 2026年6月12日

藍
@indigo2017
2026年6月12日
鹿の王 4
鹿の王 4
上橋菜穂子
たしかに病は神に似た顔をしている。いつ罹るのかも、なぜ罹るのかもわからず、助からぬ者と助かる者の境目も定かではない、己の手を遠く離れたなにかーー神々の掌に描かれた運命のように見える。 (……だが) だからといって、あきらめ、悄然と受け入れてよいものではなかろう。 なぜなら、その中で、もがくことこそが、多分、生きる、ということだからだ。 他者の命を奪おうとするもの、他者の命を支えて生きるもの、雑多な生き方がせめぎ合い、交じり合い、流れて行く、このすべてが、生きる、ということなのだろう。 閉じた瞼の闇に、小さな鹿が跳ねるのが見えた気がした。渾身の力をこめて跳ね上がるたびに、命が弾けて光っていた。 (……踊る鹿よ、輝け) 圧倒的な闇に挑み、跳ね踊る小さな鹿よ、輝け。 (……そうだ) 病が神の手であり、死が在ることの意味を見せてくれているとしても、なお、そんな冷たい世界の中で、ちっぽけな命として生きていかねばならないのが人なのだ。 (その哀しみをーーどうしようもない哀しみを背負って、それでも、もがいている者の手助けをするために、おれは医術師になったのだ) 滔々と流れる大河の中で、浮き沈みしながら、ようやく生きている小さな命をたすけるために、医術師になったのだ。
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