いるかれもん "わかりあえないことから──コ..." 2026年6月14日

わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か
以前から知っている評判の一冊。新鮮で、私自身が感じていた違和感(言葉になるもの、ならないもの含め)に答えてくれていて、久しぶりにものすごい面白い本を読んだという気持ち。 言葉に関する議論が興味深かった。私たちが普段使っている言葉について改めて振り返り、国語教育とかで教わる規範的な言葉というものの違和感に迫っていく。その論の組み立て方とかが私の考え方とも近くて読みやすかったのかもしれない。(そうした日常的な言葉について議論しているので文章自体もとても読みやすくてお手本にしたいところ。)中でも、「冗長率」の話が面白かった。上手い話し方としてよく「え〜」とか「あ〜」みたいなフィラーや、余計なことは言わないという、「冗長性」を削ることが指導されるけど、でも、そうやって整えた言葉ってなんとなく不自然で受け付けないなぁと私はなんとなく思っていた。そこに対して、冗長性をコントロールすることが重要と書かれていて腑に落ちた。 また、さりげなく書かれていたけれど『人生は、辛く哀しいことばかりだけれど、ときに、このように美しい時間に回りあえる。普段は不定形で、つかみ所のない「学び」や「知性」が、あるときその円環を美しく閉じるときがある。その円環は、閉じたと思うさきから、またカタチを崩してはいくけれど。』(p.112)という言葉も私の経験や、感動と重なった。本当に自分の考えや価値観が変わるほどの感動というのは、「壊れる」感覚だと思う。それは哀しいことのように思えるかもしれないけれど、それまでの自分の積み重ねや信念(円環)を壊すからこそ、そこに立ち現れる新しい円環に絶対的ともいえる信頼や自信を持てるのだと思う。そういう経験を何回かしてきた。 ただ、読んでいると少し話題が古いかなと思ったり、「それは言いすぎでは…?」みたいに感じるところも多々あった。特に、機械が会話などのコンテキストを理解できないという話がたびたび登場していたけれど、ここら辺は大規模言語モデルの登場によって大きく議論が変わっていると思う。グローバリズム、多文化共生社会が一方向に進んでいくことも前提のように扱われている。この本の刊行は2012年ということですでに15年近く経過している。今改めて、この本の議論について振り返るような本を読んでみたい。
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