読書するはる "教養主義の没落" 2026年6月14日

教養主義の没落
さまざまな視点で教養の歴史を語ってくれる作品でした。現代でいう教養とは、いわゆる一般常識に近いものなので、過去の教養と比べれば、この時点で大きな差を感じてしまうことに面白みを感じます。 自分が読んだ限りは、主に戦前、戦後、戦後最盛期、70年代没落初期、90年代没落決定期という流れになっていたと思います。 こんな文章は本書に出てこないのですが、1900年代では「欧米文化を取り入れようとするのが教養ある者の務め」という一文に多くの人は納得してしまうと思います。これは『欧米文化の取り入れ』が『教養ある者』つまりはエリート層、上流階級にとって必要な物(言い換えるなら一般常識)というわたしたちにとって自然な解釈ができてしまうからです。しかしながら、かつての教養は今で言うガリ勉です。小説を読むのは娯楽の一種となり、文学書や思想書、専門書、総合雑誌が教養を得る行為として捉えられていました。学力水準の高さが窺えますが、これは仕方ないことだとも思います。なぜなら、わたしたちの娯楽水準もしくは生活水準が高くなってしまったからです。かつては考えられないほど、人間にとって簡単に快楽を得られるゲームやスマホの登場は、長い時間をかけてわざわざ本を読むことに必要性を感じさせません。これが読書離れの決定打だと個人的には思っています。ですがスマホ登場はあくまでここ20年の話です。 データなどはありませんが、基本的に娯楽水準は上昇の一途だと思います。それが爆発的だったのが日本では70年代なのかもしれません。そうすれば、自然と読書を離れるでしょう。学力水準が下がるわけです。 さてここまで、完全にわたしなりの教養の没落を語りましたが、実際に教養主義の没落を語るとするならば、まずは当時の教養主義者とはなんだったかを知る必要があります。それを教養主義者であるエリート学生を通して理解し、そのまま学制の変更、戦前の思想弾圧、戦争、エリート学生の一般学生化を経た人々をそのときどきの教養主義と絡めながら考察することで、本当にあった(あるいは、今なお続く)教養主義の変容から没落をリアルに捉えられるのがこの一冊です。
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