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@bunkobonsuki
2026年6月16日

金閣寺
三島由紀夫
切ない物語だ。
読み重ねるたびにその想いは強くなる。
『金閣寺』は、吃音の少年・溝口が金閣寺を焼くまでの過程を描く物語である。最初に読んだときは「人間が狂人へ変貌する物語」として解釈していたが、今では「すべての逃げ道を封じられた人間が、それでも生きることを諦めなかった物語」として読んでいる。
作中、溝口は世俗に裏切られ続ける。
幼少期は母の不倫を知り、その母は自分を金閣寺の主へと誘導しようとする。
親友の鶴川は明るい存在として信頼していたが、彼の内心は溝口の創造していたものと真逆だった。
「お寺」という、世俗から隔てられたはずの世界でさえ肉欲や妬み嫉みの影が差す。
溝口は世俗から逃れようと、金閣寺を神格化する。実物の金閣寺より美しい想像上の金閣寺を夢想し、世俗から逃れるために出奔を行い、なんとか世間から逃げようとするも、捉えられてしまう。
やがて、溝口は「金閣寺こそがすべての元凶である」とみなすようになる。南泉斬妙という公案が作中に出てくるが、これは「人を惑わす猫をある僧が斬って捨て、僧は別の僧に『どうすれば良かったか』を問い、問われた僧は頭上に履をかかげる」という話である。
南泉斬妙における猫=溝口にとっての金閣寺である。金閣寺に惑わされる人——金閣寺に魅せられた父、息子を主にしようとする母、寺の中で起きる門弟の妬み、師匠との確執。
それらすべてを消し去るには、「金閣寺を焼かねばならぬ」。
かつて自ら神格化した金閣寺を、その妄執の元とみなして焼く。南泉斬妙では猫を斬った僧が他者に意見を聞いていたが、溝口に他者はいなかった。



