
あんどん書房
@andn
2026年6月15日
芥川賞候補作、仁科斂「丹心(まごころ)」を読みました。
都内某大学建築学科の教授・鹿野川航(ししのかわわたる)とその指導学生でアシスタントの青年・レンは、中国浙江省は寧波市の未完成マンション(爛尾楼)を美術館に設計し直すプロジェクトの発注を受ける。
まもなく子が生まれる予定で中国語の話せない鹿野川に代わって先に現地入りしたレンを待ち受けていたのは、前金を払ったが故に自ら部屋(房子)を作り退去を拒む住人たちや、プロジェクトの発注者であるエリート役人のミスQ、その父で地元の富豪であるQ氏といった面々との探り合いのような駆け引きであった。
読んでいて独特だなーと思ったのはそれぞれの人物の心情。例えば唐突に「レンはミスQに嫉妬する」(P53)みたいなことが書かれるのだが、その感情の由来がなかなか推し量れない。
そんな中でも鹿野川とレンくんの関係は、互いに下に見たりしてる部分もありつつ依存もしているという複雑な感じで面白いなと思った。
ちなみにこの二人は前作「さびしさは一個の廃墟」にも登場、とのことで、そちらを読んでいたら関係性はもう少し分かりやすかったのかな。
“お前たちには歴史也没有、一点的丹心也没有(歴史もない、一点の丹心もない)”(P86)
というのは美術館の着工パーティーの趣味悪さ?に怒るQ氏の言葉だが、これはつまり世代とか価値観による「丹心」のズレ、みたいなのが書かれた作品なのかなと思う。
そのずれが最も顕著現れるのが終盤、退去反対派に対して鹿野川が土下座する場面だ。彼としては最大限の誠意を見せているつもりなのだが、中国の人々にとってその光景はただ嫌悪感を抱かせるだけで、結果的にドン引きされたことで場は収まってしまう。(調べたところ中国には土下座文化は基本的に存在せず、何してんのこいつ?みたくなるらしい)
たぶんレンくんは理想に燃えてるところがあって、あくまで当初通りの美術館を完成させることに躍起になっている。一方の鹿野川は住人退去の話を知り、建築にコンドミニアムを併設しようとしている。その案は実際美術館よりもリゾートを作りたいQ氏一族にとっても都合が良いので、レンは内心で先生の不理解を嘆いている……というズレがあっての、この土下座。レンくん的にはかなり脱力してしまったというところなのだろう。
そう考えると、レン→教授への矢印の大きさが感じられて、関係性小説として読むのが面白い作品だったかもなと思った。