
句読点
@books_qutoten
2026年6月16日
新版 いくさ世を生きて
真尾悦子
読書会に向けて読了。
戦後33年(昭和53、1978)に、著者の真尾さんが沖縄に行き、人づてに沖縄戦の記憶を留めている女性たちと会い、その一人一人の重い口から戦争の記憶を聴き取った記録。
戦後33年ということは、沖縄戦で亡くなった大勢の人たち(沖縄県民の4人に1人が亡くなったと言われている)の33回忌に当たる年。沖縄ではこの年どこの墓場でも最後の焼香が行われていた。(沖縄の言葉で終わり焼香=「うわいすうこう」が第1章のタイトル)
一人一人の女性たちの語る記憶は本当に生々しくて、戦後30年以上が経ってもなお昨日のことのように覚えているのが伝わる。映像だけでなく、臭いや音、振動、温度、感情など全て。
「沖縄戦に遭った人たちは、当時を思い出す、などという生易しいものではなくて、現在もまだ硝煙の臭いから抜け出せないでいる。戦後どころか、まだ戦争が終わっていない感じがしたのである。」
(p.48)
この本の中で真尾さんが話を聴いた女性はほんの数人だけど、その数人の話だけでも沖縄戦が現実にどのようなものだったのか、県民の4分の1が犠牲になったという数字を知っているだけでは想像できない部分、戦場のリアルを窺い知ることができる。読んでいるこちらにまで血の匂いがしてきそうな気配がする。
艦砲射撃によって地面に大きな穴が空いて、水が溜まれば大きな池のようだったとか、そこは泳いで渡れないから迂回するしかなかったとか、照明弾が上がった時に足元が見えるので移動して、そのすぐ後に来る砲撃に当たらないのはもう運でしかなかったとか。
文字だけでは絶対にわかりきらない、その場にいたものでしかわからないものの方が多いのだと思うけど、それでも、もう十分に地獄だ。読んでいるだけでも。
女性たちの語りは真尾さんの筆によって本当に目の前で話を聞いているかのような臨場感。沖縄の方言混じりで。
女性たちの語る戦争の時の記憶と、それを聞く真尾さんの33年後の現代沖縄の情景とが交互に行き来する構成で、バランスがいい。
ものすごく重たい話が続くのだけど、この構成のおかげで最後まで読むことができた。しかし、戦争中の人たちはいつ終わるともわからない地獄の中を生きていたのだ、とも想像する。
本土の方では、戦後30年が経過したあたりから、「もう戦後ではない」ということが言われ、異常ともいえる歪な高度経済成長が急速に成し遂げられた。しかし、特に沖縄では、戦争が終わらなかった。沖縄の中でもさらに女性たちにとっては過酷な時代が続いた。あとがきにほんの一瞬だけ登場する「トシちゃん」などその一例だ。悲し過ぎてやりきれない。トシちゃん一人だけでなく、他にもこうした女性たちが数えきれないほどいるのだろう。現在に至るまで、米兵による暴力事件はずっと続いている。
本土の人こそ、平和な時代しか知らない人こそ、この本を読むべきだと思う。戦争が何をもたらすのか。有事になった時に人はどのようになってしまうのか。
二度とこんなことが誰の身にも起きてはならない。
しかし、現在進行形で、パレスチナで、レバノンで、ウクライナで、他にも知らないだけで多くの国々で同じようなことが起きていることを知っている。日本の中でも戦争まではいかなくても、地獄のような環境で生きている人、悲惨な事件は起きる。
どうすれば止めることができるのだろうか。
文庫版解説の中で、元アメリカ兵と沖縄の女性が対話によって心を通わすことができた事例をひいて、戦争を防ぐためにはなによりもまず対話であることが改めて示される。本当にそれしかないと思う。

