一年とぼける "世界2026年7月号[雑誌]" 2026年6月18日

世界2026年7月号[雑誌]
『反戦VS反・反戦』伊藤昌亮 読了。 反戦デモやったり支持してる側を左派=知的エリート+教条主義の非庶民と規定し、広義の反・反戦デモ側を庶民と見做させる様に誘導している。庶民が反戦デモなんて高尚なこと考えちゃいけないんですかね? 反戦デモを「はっきりとしたイデオロギー」、財務省解体デモを「モヤモヤした生活感情」とその行為性を対置させているけど、反戦側がイデオロギーのみによって反戦訴えてるとでも?モヤモヤした生活の中で生きていないとでも? 俺はシスヘテロ男性で論における「ダメな人」とされる庶民だけど、その代弁者として言外に誉めそやされてるひろゆきやくらたまに庶民感も自分を肯定されてる感も覚えたことなどない。学歴的に知的エリートでもないけど反戦デモ冷笑しようと思ったり抵抗を覚えたりなどしない。だけどこの論によればそんな自分でも反戦デモ支持してるから「知的エリート」の「教条主義者」になるんでしょうね。ナメてんのか。 もうホント、社会も生活も著者みたいな知的エリート主義者の砂場じゃないんだわ。社会にも生活にも軸足置けないくせに理解者面して上から語ってんじゃないよ。
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