
白木蓮
@a
2026年6月19日
子どもたちの階級闘争
ブレイディみかこ
読み終わった
「日本国厚生労働省様
保育士配置基準のいたずらな弾力化は、日本の子どもたちのさらなる天使化を招くおそれがあります。それは憎たらしくも愛すべき個性的な悪魔たちが育つ地盤を奪う可能性もありますのでどうぞご再考ください。」(p119)
「痩せ細り、髪が抜け、一気に二〇歳ぐらい老けた容貌になって仕事に出かけて行く連合いを目にしながら、託児所のある無職者・低所得者支援センターに働きに行けば、健康で元気そうな生活保護受給者たちが昼間からたむろって楽しげに駄弁ったり、妙な匂いのする紙タバコを回し吸ったり、けしからんことには白昼堂々と地下の洗濯場で性行為に及んでいる者もあった。
あなたたちはダメなのよ、屑なのよ、どうしようもないのよ、とわたしは思うのよ。の、その先にあるもの。についてあのときわたしはずっと考えていた。思えばわたしはずっとそれを言葉にしようとしていたのかもしれない。
愛かな。と思っていたこともある。でも違う。確かに愛のようなものもあったが、それそのもののことではない。確実にそこにあったものが、何なのかわたしにはよくわからなかった。
だが、時を経て託児所に復帰し、第1部の緊縮託児所の閉鎖を経験して、フードバンクに変わり果てたその部屋を見たとき、無機質なスチールの棚が立ち並び、ビニール袋に入った食料や缶詰が整然と並んでいる様を見たとき、わたしにはそこからなくなったものがはっきりとわかった。なくなったものこそが、そこにあったものだからだ。
それは、アナキズムと呼ばれる尊厳のことだった。アナキズムこそが尊厳だったのである。
欧米では尊厳は薔薇の花に喩えられるが、あのアナキズムは理想の国に咲く美しい花でも、温室から出したら干からびて枯れてしまうようなひ弱な花でもない。
それは地べたの泥水をじくじく吸い、太陽の光など浴びることがなくとも、もっとも劣悪な土壌の中でも、不敵にぼってりと咲き続ける薔薇だ。」(p284)



