
きん
@paraboots
2026年6月20日
平場の月
朝倉かすみ
読み終わった
Instagramの映画の宣伝を見て買った本書。
堺雅人と井川遥の絶妙な距離感に心が奪われる。
一瞬の切り抜きの宣伝映像に、この本買わなきゃとせっつかされた。
でも買ってすぐに読みたくなかった。
恋愛なんてもうわからないし、人を好きになるとかなんか必死になる自分とか見ると、本作の主人公の青砥じゃないけど、妙にダサい感じがして。
読めなかったずっと。
でもなんとなく買って半年くらい経ったかなと思った頃合いに手に取ってみた。
泣いた。
めっちゃ号泣した。
各章の終わりには幸せの反対側にある悲しみみたいなものがいつも胸をつきさした。
読み終えたいま、そりゃないよそんなのないよと震えた。
こんな体験は今までなかった。
本を読んで啜り泣いたとか、人目を盗んで涙したとかいうけど、他人事だった。どんなに悲しいお話でも、心に空洞を意識してそこに水滴がちょーんっと落ちる音が響くように、悲しみが染み渡ったことは今まで一度もなかった。じんわりと読後感が染み渡る。
本作の主人公青砥と須藤、年齢は50歳くらい、結婚離婚親の死を経験し、それなりにお互い、人生の酸いも甘いもかみわけてきた。そんな二人がばったり地元で出くわすところから始まる。
お互いに親密になるが、須藤の病気がわかったことがきっかけで恋愛に発展してゆく。
あとがきの中江有里さんも言っていたが、たぶん病気じゃなかったら、友情のまま続いていたのかもしれない。だが人は一人では生きてゆけない、弱った時こそ支えが必要となる。須藤には青砥の助けが必要だった。もちろん須藤の甘えが、青砥の孤独を大いに癒した。だがその幸せも長くは続かず…
本作は全編青砥視点で描かれるため須藤の本当の気持ちは直接的に描写されてはいない。
だがだからこそ推しはかり見えてくるものもある。
不器用な二人の大人の恋と言ってしまえば変に話がまとまってしまうが、平場の市井の人たちのそれぞれの幸せって何?というもっと大きな命題も見え隠れしてくる。
そしてある種のこの救いのなさに、どうしようもなさを大きく感じる半目、ハッピーエンドとならなくとも、青砥と須藤がお互い幸せだったからこそその先を見つめるのが怖かったり、受け止めきれなかったりするどうしようもなさは、ある種お互い稀有で幸せな時間を過ごしたことに他ならないのかもしれない。
大人の恋愛小説と謳われるだけある。
キラキラしたものでなく、これくらいがちょうどいい感じ、ささやかな幸せ感、そして幸せは当たり前ではないんだなぁと改めて感じている。
読めてよかった一冊。
追記
読んで。
青砥のように一人っ子で、親の面倒や親を無くせばこれから先天涯孤独って状況や裏寂しさが、なんとなく実感としてやってきた。そんななか、ひとを好きになるって、好きになってお互いを必要とできる存在と認め合えるようになる関係を見つけられることの尊さってと改めて考える。
また須藤が大腸ガンを患ったように、僕自身、あと何年か経てばがんになるかもしれない爆弾を抱えているので、ストマーの話は大変参考になった。
ストマーを抱えながらも、抗がん治療を受けながらも、人は最後まで生きていく、生きてゆくんだなぁと、改めて当たり前に思う。







