Sanae "大邱の敵産家屋" 2026年6月20日

Sanae
Sanae
@sanaemizushima
2026年6月20日
大邱の敵産家屋
この本は狙って買いに行ったものではなく、本屋の棚から偶然見つけたものだった。ちょうどこの後に読もうと思っていた「朝鮮植民者」に解説を書いている方が著者だということで、いい巡り合わせで読むことになった。 大邱は保守の牙城とも言われており、今回の選挙でももちろん保守が勝った。しかしそんな大邱は「朝鮮のモスクワ」と言われるほど、植民地期から左派が多い都市として有名だったそうだ。朴正煕による徹底的な弾圧で激変、改めて朝鮮半島の軍事政権下の凄まじい動きを感じた。 大邱に入植した日本人によって作られた建築物を日式家屋、韓国人の間では敵産家屋と呼ぶ。それが北城路に多く残されており、50年代には町工場となり、2000年代に郊外に移転するまでのエピソードが印象的だった。若くして工場に入り、実践で身につけていった高い技術を持った職人たち、その職人同士の協力体制。読んでいて痛快な気持ちにもなる。 そして、2000年に入ると郊外に大きな工業団地ができ、散り散りになった職人たちの行方、残された北城路の地域創生の苦戦、丁寧な取材でとても面白く読んだ。 どうして45年朝鮮解放後も敵産家屋を使い続け、さらに郊外転出したあとの古い家屋も壊さずに使い続けたのかという疑問に著者はナンシー・フレイザーをひいていた。 「植民地支配の痕跡を色濃く残す北城路の保全が、現在のグローバル化する新自由主義資本主義への異議申し立てとなりうるのではないか。」 「敵産家屋は市民運動の抵抗の拠点となる」 (p175) 侵略された歴史を持つ国が、どのように考え、まちづくり、社会づくりを進めているかということ、こないだ韓国の大統領も言ってたけど、“真のパートナーシップを築くためには”って、私たち日本人はもっと韓国のことを知る努力をしなきゃいけないんじゃないかと思った。韓国はずっと胸襟を開いて待っている。 この研究を本にしてくださった著者に感謝したい!
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved