みーる "ファイア・ドーム(上)" 2026年6月20日

みーる
みーる
@Lt0616pv
2026年6月20日
ファイア・ドーム(上)
上巻だけで読むのが辛いくらいに重い話だった。噂話が至る所に飛び火する。悪意のない悪意。スノードームのように揺らせば街を覆い尽くす。まさにファイアドーム。  本作はさまざまな人物の視点から語られる。25年前の事件の概要を説明するパート。行方不明になった光太郎の担任の美冬、その恋人、記者の透真、美冬の担任の生徒の速斗、そして25年前に娘を失い、今回は孫が行方不明になっている忠治。多視点で1つの結末に着地する物語は感情移入しずらいキャラクターが出てきがちだが、本作はどのパートもそれぞれの個性があっておもしろい。強いて言えば、透真のパートは物語を展開させる部分なため、やや淡白。  一方、中盤の美冬のパートには胸が苦しくなるほにリアルだ。小学校ではないが同職として本当に職員室内の雰囲気や学校の体制が事細かに描かれていた。副校長の小池や教育委員会の人たち。とにかく穏便に済まそうとするが故に、まず切られるのは美冬だ。序盤、美冬の仕事ぶりは本当に丁寧で2年目の教員とは思えないほどしっかりしており、向上心もある。光太郎に「早く帰るんだよ」と声をかけただけなのも勤務時間外だから当たり前のこと。むしろしっかり声をかけるだけでもえらい。なかなかできないんだよな。しかし、鍼灸院に行っていたことがエステに行っていたと報道されて、美冬先生全体のイメージ像が変わる。校長室へ呼び出されたときの刺さるような目線や空気、息をするのがしんどくなる感覚。仕事でミスをした時に辛いのはその後、周りが自分のことをどう思っているのかまで考えてしまうところだ。美冬の場合は、ネット全体からも攻撃を受けてしまった。たまに、「何も事情を知らない人から何を言われても平気」という人がいる。メンタルが強いことの一つの要因のようにも思える。しかし、実際に強い言葉でバッシングを受けたり、言われるべきことと関係のないことまで言われたすると知らない人であっても心は疲弊していく。強い言葉は誰が言うか以上に誰が言っても強い言葉になる。  さらに、鍼灸院の悪意のない行動。事件の渦中にいる特別感からか他人に話してしまう。その上、美冬に対して「助けようか」と声をかける。難しいのはこの人は何も悪くはないということ。ただ少しだけ、想像力が足りないだけ。責めることもできない。行動そのものは善意に満ちているから。  山極寿一さんの「人は印象をもとにそれを誇張したり脚色したりして他人に伝えたがる性質がある」という言葉を思い出す。本作のテーマはこれだと思う。みんな何かあったとき、それを伝えたいのだ。少し誇張して伝えたい。そこに悪意はなくただ伝えたいだけ。それが人間誰しもが持つ性質なのかもしれない。噂話はなくならないし、「〇〇って実は〜」とか「本当のところは〜」とか言われるとどうしても信じてしまう。  25年前の事件。小学生の行方不明事件は受付嬢誘拐事件の隅に追いやられた。報道や噂がエスカレートするあまり誘拐の代わりに保険金を掛けていたというとんでもない話にまで発展していく。発信者は実在しない。自分発信で言った人間はいない。だから責任もない。  美冬に対して感情移入しすぎて読むのが辛かった。下巻では少しでも報われる結果であってほしい。もちろんそれは忠治もだけれど。  話の展開としては、終盤で速斗と一樹の小学生コンビがヒヤヒヤする展開をつくってくれてはいる。25年前の事件と現在の行方不明がどう関わってくるのかがキーになるが、もはや真犯人が誰がはどうでもいいくらいにはテーマが濃い。展開やオチに頼らなくとも人物の背景や描写、テーマで読ませる小説が力のある小説だと思っている。下巻も楽しみだ。
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