いちのべ "対岸の彼女" 2026年6月21日

いちのべ
いちのべ
@ichinobe3
2026年6月21日
対岸の彼女
対岸の彼女
角田光代
『対岸の彼女』は学生時代、現代文の問題文として読んだことがあったくらいで、手に取ろうと思うことはなかった。 数十年経って、お友達と本屋で見かけて、 「女同士の友情……もしかして、俺の好きなやつなのでは?」 「高校時代に断片読んでも何も思わなかったけど、この設定って今の年齢で読む方が響くのでは?」 と思い、図書館で借りてきた。 結果、めっっっっっっっっちゃくちゃ良かった!そして今読んで良かった!(とはいえ、高校時代に読んだら葵の過去に共鳴できる部分もあっただろうな、とも思う)(あと修二に今よりガチギレしていたと思う) 葵とナナコの関係は、今の自分には眩しく、甘酸っぱく映るが、どこかへ行きたいのにどこにも行けない、逃げきれないままならなさや切実さは懐かしくも感じられる。 小夜子と葵の関係は、一度は縁が切れてしまいそうになるものの、現実から「逃げる」ための関係ではなく、現実へ「立ち向かう」ために再構築されていく予感のもとに終わる。それは小夜子が中里のもとではなく、葵のもとで働くことを自ら選び、葵のマンションを訪れるからで。物語を、そして仕事を通じて、小夜子が少しずつ頼もしくなっていく様子がすごく好きだった。 > その思いつきに顔を輝かせ、早くも献立を考えはじめる妻を見ていて、小夜子はようやくわかった気がした。なぜ私たちは年齢を重ねるのか。生活に逃げこんでドアを閉めるためじゃない、また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。選んだ場所に自分の足で歩いていくためだ。(p282) このくだりがすごく響いたし、ここが響くのは自分が今の年齢だからだと思う。この本と出会うことができてよかった。
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