蛾のおどり "書楼弔堂 霜夜" 2026年6月21日

書楼弔堂 霜夜
「書物の中には、世界の半分が入っています。でもその半分の世界は」  逃避のためにある世界ではないのですと天馬は言う。 「虚と実は等価ですけれど、決して交換出来るものではないのです。それは、謂わば此岸と彼岸のようなもの――なのだとか」 「現実を忘れて書を読み耽るのは無上の悦びですが、それは現実の代替えになるものではないのですわ。遁げ込んでも閉じ籠もってしまってはいけないのだ、と教わりました・・・遁げることは別に悪いことではないと思いますわ。遁げられるなら、どんどん遁げればいいんじゃないでしょうか。でも、永遠に遁げ続けることは――出来ないんですわ。遁げ込んだって、必ず帰って来ることになるんですから」  この世に。 ・・・一生目を瞑ったまま生き続けることは出来ません。わたくしたちは、あるものの方に居るのですから」 「だって読書って」  面白いでしょうと天馬は言った。 「わたくし達は、読書することでこちら側からあちら側を覗く訳でしょう。同じようにあちら側からこちら側を覗いたなら、わたくし達の人生も、また一冊の本のようなものでは御座いませんこと。尤も、未だ書きかけなんですけれど」
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