ひなあられ "星がひとつほしいとの祈り" 2026年6月22日

ひなあられ
ひなあられ
@03_o0
2026年6月22日
星がひとつほしいとの祈り
夜の飛行機でこの本を読み泣いてしまった。 新たな命。生ききった命。今もなお、燃え続けている命。 星の欠片が散りばめられていた。でもどこまでも人間臭かった。 一見正反対のように見えて、でもそれはきっと矛盾しないのだと思う。 人と人との営みや、人として生きることは、きっと綺麗なことだけではない。目を瞑りたくなることや、やるせないことも沢山ある。 それでもこの物語たちが重だるくならないのは、人間臭いことがどこまでも輝かしくて愛おしいからなのだと思う。 人間であることが、人間臭いことが、愛おしい(そして、惨めだ)....ということは私もよく聞いたことがある。 以前私はその言葉に「人間であるのなら、"どうせならば"抱きしめてあげよう」みたいなニュアンスを感じていたが、この物語を読んで初めて「人間臭くて、愛おしい」を言葉通りに感じたと思った。 抱きしめざるを得ない、といったふうだった。 自然に腕を広げてしまうような、自然に何かをきゅっと抱きしめてしまうような。 「惜しい人を亡くした」と人は言う。 でも、この物語は「惜しい人を亡くした」と感じるような人が亡くなったことを、とても心強く感じもした。 死というものに対して、それはとても失礼なことかもしれない。もちろん、生きていてくれたら嬉しいと強く思った。 今にも動き出しそうで、でも、もういなくって。 その思いに何度胸を締め付けられたことか。 それでも私は、その星を見上げられたことがとても嬉しかった。 大切なものを、1度だけ、取り出してあげよう。 1度だけ、奏でてあげよう。諳んじてあげよう。 そうやって語られる文章はどこまでも私を魅了した。 そっと取り出して掬ったものが、星のように輝いていた。 そこで語られるのは生きている人の語りではない。でも、故人の語り口でもない。不思議だ、もう巡り合わない過去と、今が、蝶番になったような物語ばかりだった。 ビデオテープを再生したような寂しさと満ち満ちた記憶がそこにあった。 もう一度読みたいか、と言われたら。 読みたい。 でも、それはきっと未確定な「いつか」になる。 未確定で、でもそこに星たちがいつまでもいてくれると信じてやまない、曖昧さと信頼を込めた「いつか」。 海に反射した月光のようで、夜空に散りばめられた星々のようで、掴もうとしても指の間をすり抜けていく心地の読了感だった。 長い長い夜散歩を終え、月や星に背を向けてその場をあとにする。そんなふうに私はこの本を閉じた。
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