ななり "文學界 2026年6月号" 2026年6月23日

ななり
ななり
@bluebook_mark
2026年6月23日
文學界 2026年6月号
文學界 2026年6月号
文學界編集部
「悪い血」鈴木涼美 例えば美味しいものを食べ終えたときに、例えば綺麗な景色に感激した日の帰路に、例えば大切な人と過ごす時間の僅かな間隙に、ふと「こんな幸福を自分は得ていいのだろうか」と思う瞬間が私にはあります。犯罪に手を染めたことはないけれど、他者を言動によって酷く傷付けたことは幾度かあって、その事は過ぎ去っても尚、というより過ぎ去ったからこそ小さな、しかし深く刺さって抜けない罪悪感の棘としてじくじくと心に残り続けている。この小説の“私”が抱えているものはそれと同種の、けれどより濃く暗い棘ではないだろうか。風俗店で嬢として働き、時々で不特定多数とセックスをし、中学生だった頃には性被害に遭いながらもその対価の現金を受け取ったこともある、性や身体を蔑ろにしてきた自分の内側に、何も選ばなければ(放っておけば)うまれる命が意図しないタイミングで宿った事へのきまりの悪さ。《「何があってもそれに値する罪を自分が背負っていると思うな」》といくら言われても解放には程遠い救われなさ。感覚的な部分に留まる私の後ろめたさと比べて、事実として他でもない自分の血を分けた子どもの存在がある分、彼女が背負うそれらの苦しみは重い。ラストの解釈は読み手に依るところが大きいけれど、少なくとも再び彼女の元に夜は訪れる。ぐるぐると下る煩悶と幻想の螺旋の中で本当に救われる日はやってくるのかどうか。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved