

nanari
@bluebook_mark
エンタメも純文学も
- 2026年5月16日
けんぐゎい朝倉かすみ読み終わった人生は選択の連続だ。この言葉が声高に殊更すばらしいもののように語られるほとんどの瞬間、自らの掌中に決定権がある優位性自体に対する俯瞰は尽く排されているように思えてならない。勿論、格言すべてを否定する訳ではない。けれど強い立場の人間が選ぶことによってすぐ隣にいる弱い立場の人(たち)が《選ばされ》てしまう辛苦は、あるいはその強いられた選択を自主性に基づいたものだと己のうちで捻じ曲げて飲み込もうとする自己防衛(本作に於いてはレイプされたことに対する)は、その深さ暗さが深刻だからこそ実相が見えづらく痛切は極まる。疱瘡の後遺症で全身に痘痕が残っている容姿や利発さといったけんぐゎい(普通からの圏外)を理由に性被害を受けた主人公の“ふゆ”が、それら後天的要因≒選んでないものから感じていた引け目と折り合いをつけながら、生来の善しと共に女医者として命がうまれる場所で生きてゆく様には、一人の女性としての決意を見ました。朝倉さんが初めて書いた時代小説は、私がこれまで読んできた他作者の同ジャンルとは少し雰囲気が違っていて、ある種、異形と呼んでもいい作品でとても興味深く読みました。 - 2026年5月9日
今度は異性愛松浦理英子読み終わった女性性、個別の時代の中で性別に求められてきたもの、性愛、インターネット文化、ファンタジーとしてのBLの書き方等など扱っている素材は少なくないのだけれど、日記形式が採用されているおかげか一篇として終始情報がぎゅうぎゅう詰めで苦しくなっている感じは薄く、その時々で思考の結晶を手の中で眺めているような雰囲気は、ゆったりしているのにどこかスリリングでもあって不思議でした。じぶんは「読み専」なので、創作者が過去を振り返ったり、信念というかルールみたいなものに基づいて物語を少しずつ構築していく過程には憧れを抱いたり。それから表紙絵にもなっている雌の蜂が花の中で共寝するエピソードがすごく素敵で読み終わった今も印象に残っています。 - 2026年5月8日
私たちはたしかに光ってたんだ金子玲介読み終わった脱線や停滞をしょっちゅう引き起こす軽くて無駄な会話が無駄なままその場に必要なものとして我が物顔で存在している空気感に、嘗ての青春(私のはあまりにもモノトーンでしたが)を思い出し懐かしい気持ちになりました。全力で向き合った結果として自分の限界を知る挫折や、大切な人たちの才能と未来を信じ想うが故に身を引く決断を下す苦しさが、欠片の衒いもなく書かれている部分にはきっと多くの読み手が共感することでしょう。人生の最初に光るより後で光った方がよく見えるのも印象だけの話で本質は何も変わらない、そもそも光らなくていいものなのだから一度でも光れば良い人生、という言葉も真っ直ぐで良かったです。個人的には現在視点の描写があっさりし過ぎているかなと感じるところがあって、淡々とした日常だとしても、というよりそうであるからこそ対比の影ではなく、光っていた過去からの延長線上の今としてもう少し映像が欲しかったりはしたのですが、そんなことは瑣末に思えるくらいには気持ちのよい青春小説だったと思います。 - 2026年5月5日
君の不在の夜を歩く窪美澄読み終わった他者が抱えるものすべてを背負うことなんて出来ないくせに、誰かに自分を背負わせることには無自覚な此岸に暮らす私たちの、喪失を経験してようやく自覚的になるその傲慢さを含んだ鎮魂の祈りが向こう側へ渡った人の内側で赦されることがあるのなら、それは救いだと思いました。 - 2026年5月2日
天領の鷹 下村木嵐飛騨から蝦夷へ渡った材木商飛騨屋の四代百余年を描いた大河小説。上下巻合わせて600ページ超ですが各代で違う問題にぶつかり悪戦苦闘するので物語が単調になったり弛んだりすることがなく、史実と創作のその織り合わせの丹念さはまさに労作と呼ぶに相応しいものでした。目先の利益だけを追うことはせず必要な分の木を伐り、同時に山が未来へ続くよう自分たちで苗も植える。そんな杣たちの生き方を写したかのような飛騨屋主人たちの人との関わり方は読んでいてとても気持ちがよく、また胸に迫る場面も何度もありました。 - 2026年5月1日
ギアをあげて、風を鳴らして平石さなぎ読み終わった身体がゆるやかに大人へと移ろいゆく子どもたちの季節が、大人の為にオトナにならざるを得ない日々になってしまっては絶対にいけないと、そのことを強く思いながら読みました。出来ることにも行ける距離にも限りがある中で、手が届くものへ危なっかしい不器用な全力で突き進めるのは、あの頃の私たちも持っていた未熟さ唯一の特権と言ってよいはずです。大人になれば戻ることも、そこにあった宝物に触れることも出来ず、ただ惜しい気持ちを抱えるしかしようの無い子供時代だからこそ、この瞬間の彼ら彼女らには、今はまだ《「ちゃんと漕ごうって思わんでええねんで」111p》という愛情で包んだ言葉を私たちは手渡してあげるべきなのだと思います。 - 2026年4月28日
- 2026年4月23日
ふつうの家族辻堂ゆめ読み終わった嵐の夜に突如現れた青年をトリガーとして、理想的なふつうの四人家族それぞれの隠していた秘密が明らかになっていくライトなミステリ。家族という纏まりは強い繋がりを持ってはいるけれど、最も近い他者の集合である事実は覆しようもなく、その矛盾の距離感ゆえに事実が秘匿されるというのは、誰もが一度は経験したことのある事柄なのではないでしょうか。輪の中にいる人間でさえ見通すことの出来ない個々が抱えたネガフィルムを踏まえて家族を捉えることなど、第三者には土台無理な話なのだから、羨望、憐憫、義憤その他諸々の感情を一方的によそへ向けるのは意味がないし止めた方が良いよねと、この“大詮索時代”に生きる私は思ったりもするのです。 - 2026年4月17日
見えるか保己一蝉谷めぐ実読み終わった史実を時系列でなぞる事よりも、普遍的な人間の在りように主眼が置かれているので、佇まいは歴史小説というよりも時代小説の方が近く、塙保己一でなくとも物語が成立し得るのではないかという部分は多少気になりましたが、見えるもの見えないもの、視たいもの視たくないもの、人が目や意識を通して他者との間に作り上げるそれら歪な像の存在を全盲者と晴眼者の隔てなく描いているという点に於いて、本当に誠実な小説だと思いました。 - 2026年4月11日
飛上りもん高田在子読み終わった藩主からの命とはいえ、齢六十を超えてから故郷の紀州を離れて遠路遥々関東へと移り住み治水を行わなければならなくなった井澤弥惣兵衛の人生自体には不憫だなあ(産まれたばかりの実子を預けて向かうので)と個人的に思う部分もありはするのですが、所謂置かれた場所で咲きなさいを地でいくように、その土地々々の人達や配下人足と時にぶつかりながらも普請や新田開発に取り組む実直な彼の人間性は読んでいて気持ちが良かったですし好感が持てました。ただ一方で、そのような人物や治水という大きな事業を小説の中心に据えながら物語が普請そのものより、それを成す前段階の人間関係周りに終始してしまっているので、自然に抗う人間が持つダイナミズムはかなりの部分で失われており、それに伴ってフィクションの推進力があまり出なかったのは、400ページ越えの作品としてはかなり痛かったように感じます。 - 2026年4月5日
猿京極夏彦読み終わった私は雷がとても怖いのだけれど、その理由として自分のうちにある音だとか稲光みたいなものも、解体していくと何だか本質的なものから遠ざかるような、というよりそもそも理由になるようなものも無いような気がしてくる。要するに怖いと思うから怖くなってしまい、だから見るのも(私の場合は聞くのも)、反対に見ない(聞かない)のもそれを増幅させる装置となって悪循環になってしまう。この小説で示されてるのはそういうことだと思いました。迫り方に新しさが感じられなかったり、ストーリーの中心にあって会話劇で長く説明される割に、とある村があまり作中で活かされていなかったり個人的には残念な部分が目立ってしまった。 - 2026年4月1日
粉瘤息子都落ち択更地郊読み終わった読んでいて楽しい小説ではあると思うのですが、過剰なエンタメ素材が空回りしているきらいがあると私には思えました。先行する表面的なおもしろさに阻害されて人物たちが抱える切実な向こう側が最後まで見えてこなかった。 - 2026年3月28日
ブーズたち鳥たちわたしたち江國香織読み終わった河童、天狗、神の使いといった超自然の影響を受けて日常に変化(大きく、しかし静かな)が訪れる人たちを描いた連作短篇集で全体的に不思議な空気感に包まれてはいるものの、いわゆるオカルトチックな不穏譚とは違い、最後まで落ち着いた佇まいが崩れないので読んでいて楽しかったです。こういう現象が自分の人生のどこかで不意に差し挟まれることがもしあるとしたら、大きな驚きとともに喜びやワクワク感も湧くんだろうな、とそんなことを考えたりもしました。 - 2026年3月25日
外の世界の話を聞かせて江國香織読み終わった有形無形に関わらず、変わっていく多くのもので形作られている世界を見詰める目が過度に感傷を湛えていなかったのが良かったです。私はどこか安心しながら読んだのですが、それは多分、流れる時間の中で変化する人間関係や場所の在り方を描いていても実際には、この世界(物語というもの)はいつでも不変の居場所としてあなたを待ち続けているよ、というフィクションの包容力を感じたからなんだと思います。 - 2026年3月19日
生きとるわ又吉直樹読み終わった自身も中盤以降道を踏み外すとはいえ、何度も金を騙し取ろうとしてくる横井のせいで人生が少しずつ狂っていく主人公を見ているのがつらかった。人は自分の分だけしか生きられないのだから、自分のせいで相手の人生がどうなろうと抱えることは端から出来ないというのはそうだと思う反面、私はそこまで割り切って、あるいは横井と共に屑と呼ばれることに甘んじることは出来そうもない。読み終えて、この小説の救いはなんだろうと考えているけれど、いまはまだ分からないでいる。けれど、実際の生だって勧善懲悪やすぐに答えが出る事ばかりじゃないのだから、むしろこの見つからなさが生きることの厄介さの中心にあるものなのかもしれない。 - 2026年3月15日
- 2026年3月7日
ぼくには笑いがわからない上村裕香読み終わった勉強一筋で生きてきた言語学専攻の男子大学生が一目惚れした先輩と交わした約束(M-1で優勝したらキスしてあげる)の為にお笑いを分かろうと必死にもがく姿が眩しくてイタくてまさに青春だなぁと良い意味で見てられない思いを持ちながら読みました。デビュー作でヤングケアラーの、次作では政治活動家二世の生活の中にある類型から外された笑いを描いてきた作者にとっては《社会化されたことばは個人の物語を救えない》という作中の一節が書く原動力になっているんだろうなと思いましたし、分からないものを分かろうと努力する主人公の姿には上村さんが自身を重ねている部分もあるように私には感じられました。 - 2026年3月3日
おおきな口がまっている一條次郎読み終わった名誉市長の人参を齧り殺した巨大兎、洗濯機と話し踊る鼠、狸を騙るアライグマの豆腐屋などなど、動物を中心に据えた短篇集(一応連作の形式範囲だと思いますが最後以外の各話の繋がりはかなり薄い)。残念ながら私には刺さらなかったのですが、真面目な顔でふざけているタイプの作品なので乗れる人にはとことん可笑しく感じられるだろうなと思います。 - 2026年2月28日
カンザキさんピンク地底人3号読み終わった聖書の影響が色濃い小説でした。カンザキさんからの苛烈なハラスメントが繰り返されるブラックな職場で主人公の“僕”は唯一優しく接してくれる先輩ミドリカワさんを慕い愛されたいとまで思うのですが、一方でそこまで深く信じている彼も困難へ本質的には介入してこず解放してくれる訳ではない。読んでいる人は今すぐ辞めればいいのにと思うでしょう。けれど私は、そうしないところにキリスト教徒の両親に育てられた環境と深刻なうつ病を奇跡的に乗り越えられたというふたつの過去の残響、つまり洗礼を受けていない“僕”の無意識下に芽生えていた《神は乗り越えられる試練しか与えない》という信仰を見てしまうのです。本編自体に明確な救いは描かれていないので、パッと見は徹底的な不条理小説のように感じられるのですが、脅されて服を脱がされる最後(聖書に書かれた粗布の部分でしょう)と「助けて」と乞う最初のシーンが繋がることで、本物の神が物語の先で“僕”へ《逃げ道も用意されている》という言葉の続きを与えたように感じられ、そこは希望だなと思いました。 - 2026年2月26日
はくしむるち豊永浩平読み終わった戦争や男性性といった圧倒的な暴力によって蹂躙されてきた/されている沖縄に堆積した声が語る少年少女たちの青春が痛みを伴って胸に重く響きました。と同時に、この物語は沖縄という限定的な土地だけで完結するものではなく、あらゆる場所に現在進行形で生きている未完と完成の狭間の子供たち=はくしむるち(白紙擬き)の傷と抵抗の物語でもあると私は思うのです。《対等じゃないのに、勝手に守るとか、守れないとかいって都合よく扱うのは、サギの言葉でしょ!?》。解放してくれた者が隠していた打算や傲慢さをあらわし新たな暴力として留まり支配しようとする苦しみの連鎖に、真のヒーローなどいないのだと絶望の中で絶望しながら、それでも待ち続ける、あるいは奮い立たせ自ら立ち上がるしかない瞬間の孤独と寂寥に対して、そこに存在するものが無いという安穏を享受しているから、ではなく、同じ地面の上で生きている人間だからという順接で以って人は連帯するべきなのだと思います。作中でも言及されている『帰ってきたウルトラマン』の第三十三話「怪獣使いと少年」にこんなシーンがあります(以下ピクシブ百科事典より引用)。 雨の降りしきる中、良は商店街にパンを買いにやってきたが、パン屋の店主の女性は「後でいろいろ言われるの嫌なんだよ。悪いけどよそへ行っておくれ」とパンを売らなかった。とぼとぼと帰る良。 「あの子宇宙人なんだって」 「やあね気味悪い」 「悪さしなきゃいいけど……」 するとパン屋の娘が後を追い、彼にパンを渡したのだった。 「同情なんかしてもらいたくないな」 「同情なんかじゃないわ。売ってあげるだけよ。だってうちパン屋だもん」 良は初めて笑顔を見せた。 現実世界で誰かに接する時、自分は常に彼女のようにいられるだろうか?そんなことを読み終えたいま、込上げるものを抑えながら考えている。
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