ジクロロ "脱学校の社会" 2026年6月24日

ジクロロ
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@jirowcrew
2026年6月24日
脱学校の社会
脱学校の社会
イヴァン・イリッチ,
東洋
制度による世話の増加というものは、アメリカ合国でのようにそれが実現されているものであろうと、ラテン・アメリカ諸国でのようにこれからのこととして約束されているだけのものであろうとも、一対になった二つの欺瞞を生じ、それらが相互に補いあうのである。すなわち一方では合薬国の貧民が、十二カ年の世話を受けることによってかえって不能にされており、他方ではラテン・アメリカの貧民はいまだに十二カ年の世話を受けることができないでいるということで、世界の諸国の貧民の中でもずっと遅れているとみなされるようになる。 (「1 なぜ学校を廃止しなければならないのか) 学校が、教育の「権威」として認められるとき、学校という概念が存在するだけで分断が生じる。 学校という概念そのものが、平等の不可能性を決定づけているということ。 「学校を卒業すれば自由になれる」 これは実際に学校を卒業した自らの経験から得た感慨であり、いまだ「学校」(隠喩としての建築)を卒業できていないと、この本を読みつつ実感した自らの隠喩的な感慨でもある。
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