ジクロロ "コンヴィヴィアリティのための..." 2026年6月24日

ジクロロ
ジクロロ
@jirowcrew
2026年6月24日
コンヴィヴィアリティのための道具
コンヴィヴィアリティのための道具
イヴァン・イリイチ,
Ivan Illich,
渡辺京二,
渡辺梨佐
すぐれて現代的でしかも産業に支配されていない未来社会についての理論を定式化するには、自然な規模と限界を認識することが必要だ。この限界内でのみ機械は奴隷の代りをすることができるのだし、この限界をこえれば機械は新たな種類の奴隷制をもたらすということを、私たちは結局は認めなければならない。 …… いったんこういう限界が認識されると、人々と道具と新しい共同性との間の三者関係をはっきりさせることが可能になる。現代の科学技術が管理する人々にではなく、政治的に相互に結びついた個人に仕えるような社会、それを私は”自立共生的(コンヴィヴィアル)”と呼びたい。 (『はじめに』) オードリー・タンが生成AIと教育について語る上で「コンヴィヴィアル」という語感インパクト強め言葉を使っているのを聞き、この本を知る。 教育というテーマに実装的な立場で深く考えていた人がイリイチだったと知る一日。(トルストイの『イワン・イリイチの死』の人? というずっと昔の初感でとどまっていた人) 「道具」を考える上で、「自立共生」という言葉を引っ張ってくるあたりの発想が凄い、そして興味深い。 嬉しくも、「はじめに」を読む限り、この本の行く末がまったく読めない(理解のある人のみでとどまる実装概念なのか、教育可能な普及概念なのか)。道具と自立共生の組み合わせに新鮮さを感じているくらいなので、学校教育では教わっていないのは確か。 本という道具(ツール)もまた、効用の限界を見定め、コンヴィヴィアルなものとしなければ…という気にさせられる本の奴隷。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved