
ジクロロ
@jirowcrew
2026年6月24日
ヘーゲル読解入門(下)
コジェーヴ,
上妻精,
今野雅方
読んでる
実際、労働は所与の自然的世界を本質的に変貌せしめ、労働する者をこの世界における彼の「自然的な場」から放逐せしめ、かくして彼自身を本質的に変化せしめるが、それは当の行動が真に否定的である限りで、すなわちこの行動が或る何らかの「本能」や所与的、生得的な「傾向」に由来するのではなく、遺伝的な本能を否定し、生得的な「本性」を廃棄する限りのことである。そのとき、このような行動に対立することによって、このような本性は「怠惰」としてみずからを「現わす」。
(p.89)
この辺りを読んでいると、後頭部あたりでドゥルーズの動物的な哄笑が響いてくる。
否定は確かに自身のエネルギーになることもあるが、否定の方向性を間違えればルサンチマンやマルクス主義の顛末に陥る。
ヘーゲル(コジェーヴ)の主張する否定による生成には臆病がどうしても付き纏う。
ドゥルーズの肯定に紐づいた生成は、実は「勇気」が常に必要となることを反面的に知る。
肯定からはじまる生成とは、一面的には楽観的に見えるが、実はとてつもなく英雄的な行為ではないかと思いはじめる。
平地にロイター板はない。
それはいつも、笑いがでてくる(もう笑うしか残されていないような)崖っぷちにしかない。