
ルフナ
@Ruhuna
2026年6月24日
異邦人
カミュ
読み終わった
感覚メモ
不条理文学として気になっていたので、読めてよかった。
ただし、私の読んできた中で読書中も読後感も圧倒的に最悪な作品であり、でも私の人生には必要な一冊だった。
この作品は二部構成となっており、第一部では主人公、ムルソーの視点で話が続いていく。
随所にある地雷を、ムルソーが自覚無しに踏んでいく様をまざまざと見せつけていられる感覚になった。
ママンを亡くし主人に忌引きを願い出る時に動揺・涙を見せない、ママンの棺を開けて最期の顔を見ようとしない、葬儀翌日に喪服で海に遊びに行く、など、「母親の死=哀しみ、動揺する」という社会の期待にムルソーは応えない。ただただ社会の期待に応えない姿を第一部では描いている。
しかし、ムルソーは何も感じない訳ではなく、むしろ身体感覚や感性は鋭い。そこに意味付けも評価もせず「そういうもの」として受け取る。異様なまでに素直であり、嘘はつかない人間だと思う。
第二部は司法にかけられるムルソーをムルソーの視点で追っていく。
罪は犯しているし、倒れた相手に四発も引き金を引いたことは過剰と言える。
しかし、そこではなく、ムルソーが社会の期待に応えないことでないはずの悪意を生み出してムルソー本人の実像から離れいく様が非常にグロテスクだと思った。
神を信じている人間に対して「私は神を信じない」と表出すること自体が道徳的欠損として扱われる。信仰対象の神が「神を信じない人間を人間扱いしなくても良い」と言った訳でもないのに、ムルソーを人間扱いしなくなる。正義・正しさという概念の恐ろしさだと私は思う。
また、第二部の裁判所にはメディアがいた。ムルソーの処刑をカタルシスとして語り、ムルソーは社会に消費されていくのだとしたらやるせない。
読後の感想としては、「異邦人(L'Étranger)」というタイトルの意地の悪さに舌を巻く。
共同体の外側に置かれたムルソー。「我々とは違う」と排斥した構図を端的に表していると思った。
この作品はどの立場から読んでも救いがない作品でもあると思う。
感情に寄り添わないムルソーに近い人間は、彼が断頭台に上がる姿を見せられる。
感情の寄り添い・一般社会への適応を期待する人間は、同じ考えを持つ人間が素直で嘘をつかないムルソーのないはずの悪意を捌いてる姿を見る。
中立的な立場から読めば、ムルソーが社会に応えない危うさ・ムルソーのような存在を排斥する社会で何うにもならないことを見せつけられる。カミュは非常に性格が悪い。(褒めてる)
同じ不条理文学でも、カフカの変身とは違う。グレゴールは落ち度はほとんどないのに対して、ムルソーは擁護できない部分が多々ある。同じ不条理でも、前者は湿っていて、本作は乾いていると思う。
共感や寄り添いを求めてしまうのは人の性だと思う。
しかし、その期待に応えないことは罪になり得るのか。
きっと罪ではないはずなのに、ムルソーは裁かれた。私はいまだに答えは出せていない。
