
オムロちゃん@ゆっくりレモン
@Omuro
2026年6月25日
ラブカは静かに弓を持つ
安壇美緒
読み終わった
結論としてラブカはとても良かった。
物語の展開、自己紹介のような前段が長く、読み始めはどうなることかと心配したが、発表会あたりから加速度的に物語へ引き込まれた。
まず印象に残ったのは、樹と桜太郎の関係性だ。
桜太郎がラブカを選曲した偶然から始まり、物語は最後に樹のスパイとしての身の置き方へつながっていく。
樹は任務を回避し、結果的に皆を守った。
しかし、その自己犠牲は誰にも評価されない。
あのバーでの夜に相談できていたら、何か変わっていたのだろうか。
今ある暮らしの平和は、自己犠牲の上に成り立った、樹だけの自己満足なのではないかとも思った。
最後まで読んだあと、桜太郎と樹のわだかまりはゆっくり改善していくのだろうと想像できる。
ただ、この自己犠牲だけは墓場まで持っていく。それが樹の人間性であり、桜太郎への信頼なのだと思う。
物語の中盤では、自分も音楽を本気でやっていたので感じるものが多かった。
桜太郎の、世界の端っこではなく、より真ん中へ行きたいという気持ちも分かる。
趣味なんだけど趣味じゃない、という囲う会のメンバーの感覚も分かる。
音楽を本気でやってきた人には、かなり刺さる部分があると思う。
また、桜太郎が語る、いい楽器の選び方にも納得した。
俺、自分もベーシストなので、ブランドやバリューに引っ張られなくなるまでには、相当な時間がかかることを知っている。
この描写は、作者が本当に楽器への感覚を熟知して書いているのか、
あるいは経験はなくても取材でそこまで辿り着いたのかで、この人の俺の中の評価が大きく変わりそうな場面だと思った。
それくらい核心を突いていた。そう簡単に言い切れるものではない。
樹も最後にはそれを体現していたが、本当に雑念なく音に向き合えたのだろうか、と少し疑ってしまった。
ブランクがあるからこそミーハー心を消せたのか?
自分はその感覚に辿り着くまで、楽器を始めて十五年かかった。
途中、総務部の三船の心中はいたたまれなくなった。
ただ、なるべく他人事として考えるようにした。
彼女は打算的であざとく見えるため誤解されがちだが、その裏には相当な心労が見えた。
樹と比べてメンタルが強靭すぎる。
ただ、Jリーガーの彼氏がいるという設定によって、かわいそうという彼女への評価を、まあどうでもいいかという気持ちにさせるのは、
音楽をやってきた人や、そういった属性の読者への救い方なのだと思った。
樹の心の闇の部分として、ラブカに重ねて出てくる深海という表現も、ものすごく分かる表現だった。
音楽をやっていると、仄暗さのメッセージとして、圧倒的なコンプ感を感じることが多い。
集中すると潜る感覚、一人ぼっちの広い世界の感覚とも少し違う。
耳にコンプがかったような、言いようのない圧迫感を感じるときがある。
深海という表現は、息苦しさというより、暗闇で広いはずなのに感じる閉塞感なのだと俺は思っている。
そういう音楽家としての共感も多く、没入感は凄かった。
情熱の行き場の話は、何度でも心を震わせる。
師匠である桜太郎が、突き抜けた善の人で、心の底から嫌なところがない人間だからこそ、あのエンディングに辿り着けたのだと思う。
偽善すぎる最後で、後半の偶然もわざとらしすぎる。
それでも、俺はそうなってほしかったし、あれくらい無茶な救いがあってもいいと思えた。
情熱の先にある、理不尽や暗い要素の多い作品と思いきや、大事なところではとても明るく、優しい作品だったと思う。
読んでいるこちらも自然と胸が熱くなり、読んで良かった。

