しんどうこころ "杳子・妻隠" 2026年6月25日

杳子・妻隠
杳子・妻隠
古井由吉
「杳」 意味 くらい。奥深い。また、はるか。とおい。 何も起きないのに、なんという不穏。 読書中はこの独特の暗さに引き込まれ、登場人物たちと同じように、意識と認識が曖昧になる感覚を体感する。 本作では人物も感情も出来事も輪郭が不明瞭である。だがそれは描写が曖昧ということではない。 なぜわたしはここにいるのか。なぜ当然のように息をし、直立していられるのか。ふとその感覚を見失い、焦燥を覚えることはないだろうか。 主人公たちはこの感覚のはざまに身を置かれ、互いに影響し合い、その境界線を曖昧にしていく。それは快楽であり、また苦悩でもある。 日常の触感、そしてその中に潜む微かなざらつきへの鋭い観察眼。 ときおりハッとさせられる描写に出会う。情景描写ではない。意識の描写である。言語化の難しい領域でありながら、共感を覚えるほどに巧みだ。 面白いとは少し違う。 だが、文学にしか描くことのできない領域が確かにここにはある。 不思議な読書体験であった。
杳子・妻隠
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