
あめ
@candy33
2026年6月22日
手段からの解放
國分功一郎
読み終わった
読書メモ
学び!
哲学者カントの言葉からものすごく緻密に「快」を分析。その中で低次(だが私たちが生きるために否定してはいけない)と分類される単なる「快適の享受」が、いかに大切なものであるかを論じている。
快適の享受には目的(本来あるべき姿)がない。ただ好きだから、楽しいから、行うもの。個々人で違う好きや楽しいがあっていいし、そうであるはず。
でも、もしその「快適の享受」を目的に設定しちゃって、そのための手段として享受があったとしたら。。。
たとえば、安楽に暮らしたい、そのためにいい会社に入りたい、そのためにいい大学に入りたい・・・。
そうしたら、安楽な暮らしが目的に、いい大学といい会社は手段になっちゃう。
そういう目的設定と、行動がその実現のための手段になるのは、とても危険なことだよね・・・なぜなら。
という話。
私個人は深く納得。
同じ著者の「暇と退屈の倫理学」では浪費と消費を区別して、浪費の論理、大切さについて、また、消費が社会に拡大することの危惧を述べていた。こちらの「手段からの解放」は、「暇と退屈の倫理学」の主張を、違う観点、つまり、「快」という観点から分析することで、さらにアップデートしたものと読めた。
「快の享受」つまり「浪費」は絶滅危惧種なのかも。
前後半に分かれていて、同じ内容の前半は論文、後半は講演録となっている。どちらから読んでも良いと書かれていたので、私は後半の講演録から読んだ。学生向けの講演で、コンパクトに、わかりやすくまとめられていたため、これでざっくり理解した上で前半の論文にちゃんとついていけたと思う。最初に易しく解説してもらってから本編にチャレンジみたいなこういう読み方もアリなんだなと認識。