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2026年6月25日
p14
「眠れそうな気がした。眠れるという状況は、彼にとっては世界で一番の幸せだった。特に一人で静かに眠れることが、なによりも尊いものに感じられた。」
p24
「「私は、加部谷といいます。探偵事務所のものです。」」
p48
「非常に希釈された微かな面白さだが、毎日が全然面白くない、ということはなかった。本を読めば、知識が得られて、それなりの満足感を抱いたし、初めて見る虫や植物にも興味があった。落ちている新聞を読めば、日本の社会のことを部分的にだが垣間見ることができた。自分の知らないことがまだ沢山ある、という状況は、たしかに幸せなことなのかもしれない。」
p55
「「大事なのは、書かれてある文章です。それは、もう読みましたから、メディアは必要なくなりました。」」
p59
「そうだ。友達の部屋で、ラーメンを食べたことはあった。自炊をしていた友達がいたのだ。否、友達というよりも、先輩だった。」
p61
「あの頃は、まだ人の愛情のようなものに幻想を抱いていた。人に甘えたいとか、優しく接してもらいたいとか、そんなふうに考えていたはず。それは、自分の弱さに過ぎなかった、と気づいた。人間は、基本的に一人で生きているのだ。」
p61
「自由に生きていこう。たとえ、肉体は拘束されても、思考は自由だ。」
p63
「「お酒というのは、結局は、庶民を拘束するためのシステムの一環なんですよ。あれで、小さな幸せを一時だけ感じさせて、不満が集まらないように制御しているわけです。」」
p63
「「柚原さんみたいに、社会を俯瞰して語る友人が、昔いました。ちょっと思い出してしまいました。」「そうですか……。それは、良い思い出なのですか?」彼は尋ねた。「はい、良い思い出です。」」
p89
「「そんな感じですね。私ら若いときに、厭世的な友人が身近にいたんですけれど、簡単にふられました。だから、印象としては悪くないんですよ。ニヒルな人は好きです。」」
p114
「「下手な先入観を持たない方が、客観的な観察につながるのではありませんか?」」
p150
「そんな理性の力強さに、彼女は憧れた。彼のことが好きだった。」
p166
「「あまり言いたくないことだけれど、世間というのは、だいたい予想どおりになるものだから。」」
p171
「「勝手な想像ではないでしょうか?あるいは幻想かもしれない。」」
p181
「自分がどうして泣いているのか、わからなかった。ただ、人間って悲しいものだな、くらいの茫洋としたイメージだけがあった。その悲しみが、一部の人間を包んで、一生そこから抜け出すことはできないのだ。それが、悲しい。悲しいから、悲しい。理由なんてないのかもしれない。そもそも、悲しい存在なのだ。悲しくないように、錯覚し、誤解し、誤魔化して生きているだけなのだ。」
p195
「すると、柚原がリュックのジッパを開けて、中からパンを取り出した。食パンである。袋にも入れず、そのままリュックのポケットに収まっていたようだ。彼は、それをちぎって、鳩に向けて投げた。」
p197
「「野生の動物は、自由に生きているというよりも、生きるために活動しています。人間の害になるのは、たまたま利害が一致しないというか、偶然にすぎない。野生動物が人間を襲うのは、ほとんどが正当防衛でしょう。」」
p199
「「そうなったら、働けば良い。働くことは、スポーツになります。レジャになります。未来は、きっとそうなる。」」
p211
「「それはね、人間というのは、そうやって個人個人でノルマを分担するんだ、と納得しているからでしょう?それが社会の一員になるということじゃない。社会を信頼するのと同じことのような気がする。」」
p214
「「小さな幸せ?ああ、そうね。」小川は頷く。「そういうのって、やっぱり、幼いとき、子供のときに、家族とか、お母さん、それから兄弟、近所の人たち、そういうところから来るものだよね。それを覚えているから、大人になっても、周囲で見つけようとするし、自分でも、少し辛抱して、誰かに小さな幸せをあげようって考えるんだなぁ。」」
p230
「「いえ、上手く言えませんけれど、うーん、自分を見つめてしまうというか、今ではなくて、過去とか未来とか、少し遠くのことを思い出したり、考えたりして、心に波が立っているみたいな感じになりません?」」
p236
「彼はソフトクリームを食べた。「何年ぶりかな。」と呟く。「甘いですね。」」
p239
「「弓矢の話をしました。」」
p240
「「ホームレスだって、そうなんじゃない。その名称でラベリングして、全員が同じ人種だと、みんなが思っているんじゃない?いろいろなタイプの人がいて、それぞれの人生があるというふうには捉えないよね。日本人って、こうだよねって言うのも同じだし。」」
p248
「「息子を探していたんだな。」」
p253
「価値観が違う。常識で考えてはいけないのかもしれない。」
p257
「「小さな幸せを届けてあげたいなぁ……。」」
p257
「「わからないじゃない。私たちの知らないところで、楽しいことしているかもよ。そんなふうに、うーん、限定的に見ちゃあ、それこそ、面倒くさいってことになるんじゃない?」」
p263
「社長が帰ったあと、工場の前に捨ててあった竹と、工場の敷地内で拾ったワイヤで、弓を作った。矢も適当な笹があったから、試しに何度か放ってみた。」
p267
「この場合、馬鹿は自分だった。馬鹿ではない者が、馬鹿から奪う。それが世の道理というものだろう。」
p268
「まあ、そんなに悪くない。生きていることは、それだけで基本的な価値がある、と確認できた。この世は、最悪ではないのだ。」
p290
「哀れんでもらいたくないのだ。そういうのが、一番嫌いだった。そう、人間で一番嫌いなのは、人に情けを寄せることなのだ。」
p290
「優しくしてくれる者は、例外なく、哀れんでいるだけだった。同情というのは、人を蔑むことと同じではないだろうか?」
p300
「唸る轟音の振動によって僅かに残った良心をふるい落とされた銀箔の精神と、そこから巻き上がった粉々の結晶が、彼らの頭の上に降り積もっていた。だから、髪は乾燥し、ピアノ線のように奏でる。本人にしか、そのメロディは聞こえない。」
p301
「彼は、既に最後の金を武器と交換していた。数日考えて決めたことだった。」
p302
「幸にして、今の彼は、身軽だった。彼をこの世に留まらせるほどの枷は、まだなかった。それを避けて生きてこられたのは、神の導きなどではなく、観察と思考から導き出した判断、もちろんそれはまだ予感程度の確かさしか有していなかったが、方向性は明確といえた。間違ってはいなかった。したがってもう、これしかないだろう。自分に対して、そう説得できたのだ。その思考に行き着いたときには、感動して涙が流れた。」
p303
「夕方から、彼は歩き始めた。それは、最後の助走だった。人々の流れに乗って。この宇宙の時間に乗って。」
p306
「愚かで、偽りの弓たち。馬鹿と嘘の弓で、矢を射る。」