ピヨ彦 "日の名残り" 2026年6月26日

ピヨ彦
ピヨ彦
@o-o
2026年6月26日
日の名残り
日の名残り
カズオ・イシグロ,
土屋政雄
切なさを感じさせない文なのに、 切なさや名残惜しさを感じさせる。 古き良きを語り、昔の記憶も曖昧になる。 「仕事を全うした」と語れば語るほどに、 読者は何かを失っていることに気づく。 自分が信じていた主人が間違っていた可能性に、 スティーブンスは気づいてるのではと 思うことは何度かあった。 違和感を覚えた瞬間については語るのに、 彼はそれについて深堀りしない。 芥川龍之介の「藪の中」を思い出した。 アメリカの上院議員、ルーイスが、 イギリスの行く末について ある程度予想できてたんだろうと思うと、 ダーリントン・ホールで語った 言葉にゾッとする。 訳者あとがきに、 「スティーブンスの旅は一九五六年。 スエズ危機の年である。 なのに、国際関係に携わってきたことを モスクムの村人に自慢するスティーブンスが、 スエズ危機には一言も触れてない。 それはなぜか……。 読みながら、ぜひお考えいただきたい。」 と書いてあった。 私は、スティーブンスが イギリスの没落を認めたくない為に、 現実を見ないようにしていると思った。 ジョークを特訓して、 今の主人を驚かせようと決意する結末は、 古き良きを、つらつらと旅の間ずっと考え、 過去を振り返ってばかりいたのに、 黄昏時を見て、夢から覚めたのか。 人生とイギリスの黄昏時に、 紳士として人生を捧げた人の できることがジョークというのも、 なんともいえない感じがする。 タルコフスキーの「ノスタルジア」と、 なんだか似た雰囲気を感じた。 舞台の時代は違うけど。 人生のすべてを 執事として立派に成し遂げた人の、 静かで切ない物語だった。 COWBOY BEBOPの、スパイクも言ってた。 「目に見えてるものだけが現実じゃない。そう思ってた。」 「覚めない夢でも見ているつもりだったんだ。」 「いつの間にか覚めちまってた。」 「俺達は皆、眠りながら目覚め、目覚めながら眠っている。過去は事実か?記憶は真実か?夢は、どこからが夢なんだ?寝ながら見る夢、起きていて夢見る夢。どちらも同じだ。夢を見ないという奴は覚えていないだけ。夢がないという奴も、気づいていないだけ。臆病なのさ。見たいくせに見ないようにしているだけなんだ。これはただの幻影だ。見えざる手に操られ、真実はただ分厚いベールに覆われたままだ。でもそれは、ひっそりと、まるでタイタンの月のように人知れず存在し、砂嵐が過ぎ去った頃、いつか姿を表すだろう。だからもう、たかが娯楽に目くじら立てたりするのはよそうじゃないか。これは冗談なんかじゃない。フィクションでもない。それとも、俺は悪い夢でも見てたのかな。」
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