
いちのべ
@ichinobe3
2026年6月27日
フェミニズムはみんなのもの
ベル・フックス,
堀田碧
読んでる
「14 結婚とパートナー関係の解放」まで読む。
「11 暴力をなくす」の「家父長主義的な暴力」という言葉、あえてその言葉を使う効果が印象深い。
> 「家父長主義的な暴力」という言葉は、耳慣れた「ドメスティック・バイオレンス(家庭内の暴力)」という言葉よりも有効である。というのは、そのほうが聞く者に、家庭内での暴力は性差別や性差別的な考え方や男性支配と関係があることを連想させるからである。(p101)
また、会社では上司や取引先の顔色を窺い仕事を円滑に進める「気配り」が出来る男性が、家庭内では、妻や子に対してはその能力を発揮しないケースへの不可思議さが、分かりやすく解きほぐされた。
> 男性たちは、支配階級を形成する男性集団によって、仕事という公的な場では支配を受け入れるべきだが、家庭という私的な場や親密な関係では男らしさと同義である権力意識をもってもよい、というふうに社会化される。(p105)
> この特権が奪われたら自分の人生はめちゃくちゃになるのではないかと、多くの男性が恐れているが、それはかれらが、自分を支える真に意味のあるアイデンティティを形成していないからである。(p113)
と同時に、「(有害な/前近代的な)男らしさ」を内面化していた思春期の自分が、恋人を支配しようとしてしまっていた愚かな過去への振り返りもできた。
> 支配の文化は、自分を誇りに思う気持ちをうち砕き、その代わりに、自分の存在感は他人を支配することからしか得られないという考えを、わたしたちに植えつける。家父長主義的な男らしさが男性に教えるのは、自分が何者かということやアイデンティティや自分の存在理由が、どれくらい他人を支配できるかにかかっている、ということである。(p112)
