食いしん坊ちぇりぃ "ケアする私の「しんどい」は、..." 2026年6月27日

ケアする私の「しんどい」は、どこからくるのか
Sentient Activity(定義は後述)という概念を知ることができたのは収穫だった。なるほど、私が疲れちゃうのは子育てにおけるSAを一手に引き受けているからなのね、というのはよく理解できた。 でも納得感はそんなになかったかな。SA負担を分散させるには…というところでの現実的に参考になる話はみえてこず、後半は流し読みして図書館に返してしまった。 ケア労働が女性に偏ってるのはおかしいよね!男性だってできるよ!シェアすべき!というのは理想なんだけど、結局公平な負担が実現しないのであれば、どちらかというと「これこれの理由があり奴らはやや適性に欠けるんですわ😇」みたいな話の方が個人レベルでは慰めになる気はした。当然マクロな視点では協働の方向に持っていく必要があるのは論を待たないのだけど、たぶん私がタイトルから期待していたのはもっと個々の体験ベースの共感系のストーリーとそれに対する専門的な物の見方だったのよね。 観測範囲内の男性を見ると、役割や責任について頭で理解してそれに応じたケアを果たそうとしたとしても、そもそも興味関心がない対象に細やかな気を配ることができない傾向が強い人が結構いるように見受けられまして…ケア対象を子供とした時、特に妊娠出産を経られないから生まれた個体が自分と繋がっているのか分かりようがないし、心理的なアタッチメントの度合いに差が出がちで、それが結果的に担うSAの量の違いにどうしてもつながっちゃうんじゃないの…?とか思ってしまったよ。本では男性たちも職場で忖度できる=SA能力あるじゃん、て書いてあったけど、それは自分の処遇に対して関心があるがあるからじゃん?対象への熱量が異なるケアの場面に適用できる話ではない気がして、いまいち腑に落ちなかった。 ちなみにうちの場合、夫は対子供SAはあまり発動しないんだけど、ありがたいことに対私SA量の多い人で、その絶妙なバランスで我が家は成り立っている🤭 【SA=Sentient Activityの定義 (本から抜粋)】 子育てや介護などの日常生活を支える「ケア」においては「よりよい状態」というのは自明のものではありません。ケアする人は、「よりよい状態」とは何か(What)を考え、それをどうやって実現できるのか(How)も考えなければいけません。 こうしたケアする人がしている考える活動を sentient activity と呼んだのがイギリスの社会学者ジェニファー・メイソン(Mason 1996)です。Sentient は、日本語に訳すると「知覚の」という形容詞になりますが、ケアをする人がおこなっている「思案する(thinking)」「感じる(feeling)」活動をさします。 (中略) 感知し思案するSAとは具体的にどのようなものでしょうか。メイソンはSAを下のようにリストアップしています。特定の他者の[ニーズ・健康、幸福、ふるまい、好み、雰囲気、個性、性格、関係性]に[耳を傾ける、気づく、聞く、調整する、観察する、概念化する、解釈する、研究する、関心をもつ]、または、自分と他者の関係性や他者同士の関係性を[とおして考えたり、理解したり、調整したり、planningしたり、組織化したり]する活動(Mason1996:16) (ix-x)
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