
由々
@kk_2329
2026年6月26日
豊かさとは何か
暉峻淑子
まだ読んでる
読書日記
抜粋
@ 電車
p.206-232/246
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"人権の領域にまで経済競争が持ちこまれ、貧富の格差は死に至るまで当然とされている。日本がアメリカ型福祉に追随すれば、いずれ経済の豊かさは人間の豊かさを奪って、かえってその後始末に財政支出は大きくならざるをえないだろう。"(p.215)
"商品化された福祉に不安のたねはつきない。金で福祉の質は買えない。自立自助の土台を国が支えない限り、人権は金銭では解決できないのである。"(p.217)
"福祉行政が助けるべき人を助けないのは、殺すことでもある。"(p.217)
"すべての国民は困窮に陥ったとき、その原因のいかんを問わず、無差別平等に、国家の責任において、健康で文化的な生活ができるよう、生活保護を受けることができる、と、生活保護法第一条、二条、三条は定めている。"(p.219)
"一九八一年、第二臨調の発足の頃から福祉抑制策はきびしくなり、厚生省の一二三号通知「生活保護の適正実施の推進について」が出されたあとは、生活保護の受給者の数を半数まで減らすことが行政の目標になった。(略)その結果、一九八七年度には五百五十三億円の生活保護費が余ったのである。"(p.220)
"社会保障や住宅問題の貧しさを通して知ることができるのは、人間にとって最も大切な生活の土台が保障されていないことである。そのために生活はくずれやすく、もろくなっている。
保障がないために貧富の格差が緩和されず、貧しいものは自己責任として社会からおちこぼれ蔑視される。それを見ている人びとは、おちこぼれないために必死に働き、貯める。これでは、ゆとりも心の安らぎも得られない。
その国の豊かさは、最も困窮している人に対してどのような処遇をしているか、によって証明される、というが、その通りである。強者には政治はいらない。弱者のために政治は必要なのである。"(p.224)
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生活保護の話、その水際対策の話は、まさにこの前読んだ『護られなかった者たちへ』をめちゃくちゃ思い出しながら読んだ。