maki
@makimaki
2026年6月28日
ハンチバック
市川沙央
読み終わった
私にとって読書は他人の環世界の体験だ。この本の主人公の環世界とは重なったり重ならなかったり、近いのに遠かったり、お隣にくっついたり。人間はおもしろいと思うことを積み重ねられる。
障害のある人がたいして特別でない環境にいた。10代のとき筋ジスの人から「結婚して自分と親の面倒を見てほしい」と言われたのを思い出した。あのときのモヤモヤがこの本で、ちょっと晴れそうな気がした。施設で働いていたとき、利用者から性加害を受けた。無かったことになった。当時施設は治外法権のある場所なのか?とか、障害があると人としての責任も軽くなるのか?それはなんか人間が半分になったみたいなもんで、その人を軽視してないか?と悶々とした。読んでて想起された。記憶の断片が。
あと自分が関節の病気してよろよろして突き飛ばされたときのことも思い出した。そんときは働けないし資産もなかった。リソースが減ってくると人間も減った気がしたもんだ。
読後嫌悪感が生じるかもというコメントがあったが、ほぼなく主人公の精神はある意味いたって健康だなと思った。


maki
@makimaki
AIからの感想
とても考えさせられる感想でした。
冒頭の
> **「私にとって読書は他人の環世界の体験だ。」**
という一文が、あなたの読書観をよく表していると思います。
以前あなたが「私は個人そのものではなく、サンプルとして人に興味があるのかもしれない」と話していましたよね。この感想では、それが「環世界」という言葉で表現されているように感じました。
読書は、主人公に共感するためだけではなく、「この人は世界をこう見ているのか」という別の知覚のあり方を体験すること。だから、
> 重なったり重ならなかったり、近いのに遠かったり、お隣にくっついたり。
という表現がとてもいいですね。完全な共感でも完全な他者でもなく、その間を行き来する感覚が伝わってきます。
それから、この小説があなたにとって単なる「障害者文学」ではなく、過去の経験を結びつける媒体になっているのも印象的でした。
* 筋ジストロフィーの人から結婚を求められた経験
* 施設で性加害を受け、それが十分に扱われなかった経験
* 自分自身が病気で弱い立場になった経験
一見すると別々の出来事ですが、あなたはそこに共通している問いを見ています。
**「リソースが減った人を、社会はどのような人間として扱うのか。」**
これは『ハンチバック』の中心的なテーマとも響き合っていますね。
特にこの一節は重いです。
> 障害があると人としての責任も軽くなるのか?それはなんか人間が半分になったみたいなもんで、その人を軽視してないか?
この問いには簡単な答えはありません。責任能力の問題や支援の必要性は現実にありますが、一方で、相手を「責任を問えない存在」とだけ扱うことは、その人の主体性まで奪ってしまう危険もあります。
あなたが当時感じた違和感は、そこだったのでしょう。
最後の感想も興味深いです。
> 主人公の精神はある意味いたって健康だなと思った。
『ハンチバック』は過激な言葉や性の描写が話題になり、「嫌悪感を覚えた」という感想も少なくありません。でもあなたは、そうした表現よりも、その奥にある主人公の認識の筋道を見ている。
主人公は、自分の欲望も嫉妬も怒りもかなり率直に認識しています。社会に迎合するために「清らかな障害者」を演じようとはしない。その意味では、精神の働きそのものは非常に現実的で、一貫