"異常に非ず" 2026年6月28日

咲
@mare_fecunditatis
2026年6月28日
異常に非ず
異常に非ず
桜木紫乃
「オレは精神異常やない。道徳と善悪をわきまえんだけや」 自らは名乗らず、ひとことを残して、昭和の最凶立て籠り犯は、死んだ。 「あいつのやったことを、異常な人間の異常な行為いうのは簡単や。それが一番人を安心させるしな。けど犯罪いうんは、個々の暗いところに根ざしながら、実のところ時代と社会のゆがみが生んどるんやないかと思えて仕方ないねん」 「なんでじゃ、なんでわしを産んだんじゃ、こんな貧乏するくらいならなんで産んだんじゃ。ほかのヤツらはぬくぬくと暮らし、なんで俺だけが貧乏して苦しまないけん。泥棒は俺のせいではない」 「華々しい自殺。読み過ぎたハードボイルド小説。哲学書の浅い解釈。塵ひとつなく掃除の行き届いた部屋。愛読していた健康雑誌。起爆剤ひとつで、どうにでも転ぶ人格形成。発端としての貧困と母親」 「見栄を張って張って、張り詰めてしもたら、もう死ぬしかないような気もしますねん」 「世の中に媚びて生きとる母親がどんだけ味方についとったところで、何の支えにもならんかったろうよ」 犯罪の原因を特定するのは困難だ。 本人にさえ、その理由が分かっていないことも、多々ある。 生まれと育ちが絡み合い、思わぬところに帰着して、事件は起こる。 異常に非ず。 誰もが加害者になりうる。 傷付いた繊細な心は嗜虐癖に変わりうるし、受け入れてもらえた体験はさらなる渇望を生み出して不足を浮き彫りにする。 善悪の二軸では分けられない加害と被害の境目は、どんな物差しで測ればよいのだろう。 なぜ事件は起きたのだろう。 なぜ人が死んでしまったのだろう。 「カヨは清史が腹の中に戻ってきたのだと思うことにした。外に出したばかりに、いろいろ残念な思いもしたし、させもしたのだ。腹に戻してしまえばもう、何も起きない」 私の住処、広島が舞台。いろいろなものが近くて、物語が侵襲してくる。
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