
句読点
@books_qutoten
2026年6月26日
多読術
松岡正剛
読み終わった
読書の神様みたいな人の書いた読書術。
セイゴオさんの頭の中はどんなネットワークができていたんだろうか。覗いたらたぶん網目が細かすぎて、ボウっと光って、眩しいくらいだったんだろうな。
「本に攫われたい」という気持ちで本を読んできたそう。
読書にはリスク、リスペクト、レコメンドの3Rの要素があるという。
セイゴオさんが本を本当にリスペクトしているのが伝わってくる。
良い本と巡り会うのはせいぜい三割五分くらいがいいところ。とにかくたくさん、より好みせずに読む。
活字中毒になる。本と一口に言ってもいろんな本があるので食事のようにいろいろ読み比べて味の違いを楽しむ。読書を食事のように。
「読む」という行為は複合的な行為で頭の中では書いたり、編集したりととても創造的な行為。読者もその本の完成にとっては必要不可欠。その本がどのように読まれてきたか、の歴史の流れの中に自分も加わるということ。
一番最上の読書は、著者の個人全集を読むこと。
本というのは、文字を通じて「意味」の交換をしている。あらゆるものが読書になりうる。
本と本を関連づける。本は最低3冊のつながりの中で読むようにする。
速読に囚われてはいけない。関連する本をずっと読んでいたら自然と速くなる。「読む」にもいろんなスタイルがあって、いろいろギアチェンジしながら読む。読書は平均的な読み方をするわけではない。場所を変える。タイプの違う本を読む。集中度を変える。昔の人の本の読み方も参考に(池田草庵の「掩巻」、本を少し読んだら立ち止まって自分の脳内ですぐにトレースし直す。「慎読」は読んだことを独り占めしない、人と共有する)
個性は「好み」に現れる。何になりたいかは、「好み」に現れる。「好み」を多様化させる。平均化させない。
読書に効用を求めすぎない。読書は「伏せられたものが開いていく」過程の作業。本は「わかったつもり」で読まない。「無知から未知」へ変わるだけ。なんだって役に立つんだから焦って「役に立つ」本を求めすぎない。むしろ本は「毒にもなる」。劇薬の可能性もある。読書はリスクを伴う。だから面白い。毒にも薬にもならないような読み方をしない。そこには本に対するリスペクトが大事。免疫学のように、非自己的なものを時々取り入れる。そうしなければ自己の輪郭もわからない。
尊敬している人に本をお勧めしてもらうことも大事。
世界中の本は「書物の海」「テキストの森」を脈々と形成していて、繋がっている。クリステヴァの「インターテクスチュアリティ」。本の中から別の本にタコ足配線のように線を出す。そのタコ足がぎゅっと集まっているような「キーブック」を見つけると一気に本の世界が広がる。
などなど。とても面白かった。
本が大好きな人の話はなんでも面白い。








