
ジクロロ
@jirowcrew
2026年6月29日
コンヴィヴィアリティのための道具
イヴァン・イリイチ,
Ivan Illich,
渡辺京二,
渡辺梨佐
読んでる
悪しき管理の是正策は、管理の増強なのだ。専門分化した研究の是正策はより高くつく学際的研究だというわけで、それはちょうど、汚染された河川の救済策がより高くつく汚染浄化剤であるようなものである。情報ストックの共同利用化、知識ストックの積み立てなど、科学の生産増大によって当面の問題を力づくで解決しようとする企図は、エスカレーションによって危機を解決しようとする究極の企てなのである。
(Ⅰ 二つの分水領)
「足りない」という思いをどうやって満たせばよいのか。
仏教では「思い」の持続を執着と呼ぶが、持続そのものが力でもあると言えるように思える。
どうしても降りられないエスカレーター、花火大会の人の流れ、こういった自身の意志がどうにもならなくなる状況も、「乗ってしまった」ことに因があるとすれば。
「足りない」とか「乗ってしまった」に悲観するからなお悪い方向に進むのであって、それを悲観ではなく俯瞰すればなんか面白い展開に持っていけるのではないか、と思いつく。そこにはたらく「力」は否定できないものだから。
書いている内容からの脱線がひどい、と書きながら気づき、気づきながらも書き進める。これはすくなくとも「悪い」エスカレーションとは言えないと思う。
