
octo
@mothmanoir
2026年6月30日
なにも見ていない
ダニエル・アラス,
宮下志朗
読み終わった
既知の知識を当て嵌めて絵画を観るような、頭でっかちな絵画の鑑賞法を批判する美術エッセイ。教条化したイコノロジーを振りかざす美術史家に対しての「何も見ていない」という批判。それでも絵画に対してモロに反-知性主義的な態度を取っているわけではなく、ただ単により柔軟に絵画そのものを観ることで見えてくるものがあるということが主張されている。 王道美術史的な解釈に回収され得ない、不自然な「逸脱」に着目し続けることでとても豊穣なイメージの世界が立ち現れてくる様がとてつもなくスリリング。
中でもフランチェスコ・デル・コッサの『受胎告知』の手前下に描かれたカタツムリを解釈する章が素晴らしい。形態的にも象徴的にも天上の神の等価物として描かれたカタツムリ。(よく見ると巨大なこの)カタツムリはタブローと現実の世界の境目に描かれており、遠近法で描かれた幾何学的な世界から逃れ出たその存在は形象不可能な「不可視なもの」=父なる神の存在を仄めかす。
軽いタッチで書かれたエッセイのような作品群なので内容の高度さに反して文章は読み易い。 収録されている6つの文章はそれぞれ、手紙の形式を模していたり、はては2人の人間による対話形式によるものであったりする。中でもティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』について2人の男が話し合う章はほとんど漫才の掛け合いのような面白さがある。 著者のように絵画を鑑賞できたらさぞかし愉しいのだろうと心の底から思う。訳者あとがきで願われているアラスの主著の翻訳は未だに実現していない…….フランス語で読むしかないのか……
