
ジクロロ
@jirowcrew
2026年6月30日
コンヴィヴィアリティのための道具
イヴァン・イリイチ,
Ivan Illich,
渡辺京二,
渡辺梨佐
読んでる
人々は自分のかわりに働いてくれる道具ではなく、自分とともに働いてくれる新しい道具を必要としている。人々は、より巧妙にプログラムされたエネルギー奴隷ではなく、各人がもっているエネルギーと想像力を十分にひきだすような技術を必要としているのだ。
(p.38)
「より巧妙にプログラムされたエネルギー奴隷」
映画『マトリックス』の、セル状に並びエネルギーを吸い取られる人間たちを思い出す。
「マトリックス」とは制度を意味する。自分のかわりに働いてくれる道具は、終局的に自分のかわりに働いてくれる人間を手に入れる。
ヘーゲルのいう主人と奴隷の弁証法。
エージェントはエネルギーを浪費する人間を取り締まる。
(皮肉にも生成AIにおいてタスクの自律実行、目標達成のための処理を行うのも「エージェント」という名前)
かたや「自分とともに働いてくれる新しい道具」
21世紀も四半世紀を過ぎたというのに、ドラえもんしか思い浮かばない。
ドラえもんは世代を超えたコンヴィヴィアリティなのかもしれない。
ドラえもんはエージェントではない。
タスクはこなさず、のび太という個性に冗長性をもたせるのがドラえもんのミッション。
つまりのび太という人間の個性、その可能性を信じること。
