トラ "「酔っぱらい」たちの日本近代..." 2026年7月1日

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@Toreads1234
2026年7月1日
「酔っぱらい」たちの日本近代 酒とアルコールの社会史
アンケートや警察の検挙数などのデータ、法律や村の掟、各種証言などを通して、その当時、お酒はどんな扱いをされていたかを描写する本。それぞれの時代で、お酒を飲むことに託された意味が変遷していくのが面白い。 「村落社会の中核的生産物(米)を、半生産的な液体へと変換し、しかも無目的に浪費する、という飲酒儀礼の本旨にとって、濁酒ほど似つかわしい酒はほかになかった。」(p.45) これは、本当に今の自分からは絶対に辿り着けないお酒を飲む意味。大切なものの浪費=無駄だと思うけど、無駄からしか生まれない文化は確実にあると思う。 「昼酒に対する戦後社会の不寛容さ」(p.84) パラダイムがシフトしていることを感じる一文。 「余暇飲酒の労働化・理性化と呼ぶべきこの現象」(p.91) これもパンチライン。 「だがその一方で、専門家の知見から大きく逸脱した、正反対の薬効イメージも、日本社会では広く信仰されてきた。アルコールには勤労者たちの疲れをとり除き、労働力を回復させる、すぐれて生産的な効能が含まれている、という想像・信仰である。」(p.122) 「『薬効』についての広告規制のゆるさもあいまって、20世紀前半のメーカー企業が自社ビールに付与したイメージは酒というよりは、疲労回復剤や栄養剤のそれに近いほどだった。」(p.168) お酒は回復薬として扱われていた。 「年間の種類別消費量において、ビールが清酒を追い抜いたのは1959年度である(清酒65万キロリットル、ビール71万キロリットル)。」(p.166) なぜここで逆転するのか、清酒の独走を許さずビールの台頭を呼び込んだ時代的な要請。 皮肉なことに今の風潮として、アルコールは迫害され「無」へと向かっていると思う。巻末にノンアルと清酒の量が並んできてる話が載っているが。 確かに、飲酒の害が喧伝されたり酒の場での犯罪や事件など、迫害を後押しする事象が多く観測される。しかし、社会問題が解決していったとしても、この文化が無くなってしまうことには反対だ。
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