まさやっと
@mushi
2026年7月1日
読み終わった
誰かの目や意見を通してこそ、安心して推し(対象)を解釈できるような気がしていた。
それこそ、それが評論家や考察系の重要な役割だと思っていた。
彼らの正しい意見を通して自分の中に知識を溜め込んでいくことが、自分にとって正しい体験だと思っていた。
でもそれは自分に自信がないだけの逃げであり、推しを語ることを通して自分を形づける、自分に深みをもたらせるチャンスを逃し続けてきたのかもしれない。
推しについて語る時、推しと自分との間に誰かを介在させる必要はない、というのは共感する。安心できる誰かをそこに介在させることに、甘えてはいけないのかもしれない。
推しの良さを一次情報として自分でできるだけ詳細に解釈し、人に伝えるときにはそれを抽象化し、伝わりやすい順番にする。この一次情報に触れる体験を増やす。メモをする。これからは推しを語ることを通して、自分を理解していきたいと感じた。
